【アイカツ!】霧矢あおいの苦悩から学ぶ、参謀キャラの弱点は「熱くなりきれないこと」

筆者はアニメ・漫画・小説などのキャラ造形を分解・研究して、自己分析などに転用する方法をよく用いている。

今回、紹介したいのは「アイカツ!」の「霧矢あおい」だ。

霧矢あおいを一言で表すならば「オタク」だ。

作中でも「アイドル博士」「アイドル先生」という立ち位置で、象徴的なまでにオタクキャラとして描かれており、作品内でも「アイドルオタクのアイドル」という、不動のポジションを確立している。

この立ち位置のキャラは実に古典的で、メタ的に見れば「解説役」として非常に動かしやすい。

現実にも「好きな分野についてはひたすら語り尽くせる」「知識全振りの人間」というのはいるが、霧矢あおいもその手のタイプである。

こういったオタクキャラは、現実でも創作物でも、悲しいかな「都合のいい解説役」としてコキ使われる宿命にある。(安楽椅子探偵型の物語は逆だが…)

理系卒の開発者やエンジニアが、文系卒のホワイトカラーに「オレの知りたいことだけ、話せ」と無下に扱われるように、だ。

…が「アイカツ!」は、それだけでは終わらない「解説役キャラの苦悩や弱点、そして強みや個性」も掘り下げており、非常に象徴的で作品に深みを生み出す結果になっている。

今回は、霧矢あおいの苦悩とキャラ造形から、参謀・オタクタイプの自己分析論を展開していきたいと思う。

霧矢あおいの欠点は「熱くなりきれないこと」

霧矢あおいの欠点は「熱くなりきれないこと」だ。

アイドル博士・分析家・戦略家としての顔を持つ霧矢あおいは、作中では「他人を引き立てる役」に徹することが圧倒的に多い。

主人公の星宮いちごが天才キャラで親友でもあり、自身が幼い頃に惚れ込んだファンでもあり、時にサポートに徹するプロデューサーでもあり、メタ的にも「主役には勝てない」ようになってしまっている。

なので、1シーズン目は「星宮いちごという依存相手がいてこその、霧矢あおい」だったと言える。

その依存対象である星宮いちごが渡米していた「空白の一年間」が、霧矢あおいの心境に変化をもたらす結果になる。

2シーズン目では、その点が実に上手く描写されていて、霧矢あおいが「乗り越えなければならない試練」として抱える問題となっている。

この「霧矢あおいの弱点」に深く踏み込むエピソードが、71話の「キラめきはアクエリアス」だ。

これは「アイカツ!2シーズン目」で、最も脚本家が掘り下げたかったドラマだろう。

このエピソードは、伏線回収かつ霧矢あおいの成長のターニングポイントとして、緻密なまでの脚本と描写で、濃厚な気づきが散りばめられている。

勝利を他人に譲ってしまう弱さ

霧矢あおいの弱点は、自身がアイドルオタク・研究家であるがために、勝てない相手に勝てないと理解できてしまうところにある。

ライバルのことを知りすぎているので、相対的に自己評価が低くなるのだ。

象徴的なのは2シーズン目第1話(通算51話目)の「ロックなあの娘はドリーム☆ガール」

霧矢あおいはスターライトクイーン決定戦で「有栖川おとめ」に1位の座を取られたことに対して軽いコンプレックスを感じているが、この時も一歩引いて「おとめに勝ってもらったほうが、学園が盛り上がる」と、俯瞰した立ち位置で物事を見ている。

また、突如現れたライバル校のスターアイドル「音城セイラ」に、瞬時に「自分では勝てない…」と悟って自信を失くす。

しかし、ライバル校に勝負を挑まれた手前、霧矢あおいは戦わなければならない。

ここではまだ、星宮いちご依存から抜け出せていないため「いちごならどうする…?」と、深く悩むこととなる。(メタ的に言えば、この後、星宮いちごがサプライズ帰国するための伏線なのだが…)

で、案の定、親友である天才主人公「星宮いちご」が現れて、代役を勤めてくれるので、その場はなんとかなる。(このあたりの脚本は王道なので、見ててほぼ展開が読める)

表面上は「円満解決」で、女児向けアニメとしてはハッピーエンドだ。

だがこのエピソードでは、霧矢あおいが深い悩み=乗り越えないといけない壁を抱えるきっかけともなり、アイカツ2シーズン目の1話目で「裏テーマ」として、強烈なまでに提示していたのである。

「アイカツ!」シリーズが大人の視聴に耐えうるのも、こういった「誰にでもある人生の悩み」を、巧みに散りばめているところにもある。

(ちなみに新シリーズ「アイカツスターズ!」の桜庭ローラも、同じ宿命を背負っており、別軸でコンプレックスについて描かれている→【アイカツスターズ!】桜庭ローラは負け続けるからこそ美しい。敗者の美学を知ってこそアイドルは輝く)

1人では活躍できない弱さ

「協調性」「チームワーク」に依存しすぎると、得てして「孤独に弱くなる」という結果になりやすい。

霧矢あおいの場合、病的な星宮いちご依存症だったこともあり、星宮いちごがいなかった空白の1年間が、彼女の弱さを浮き彫りしてしてしまったという側面もある。

そして、自分の強みに気づけていない=自信のない人間とは、得てして「誰かの真似」「誰かみたいになろう」と考えてしまうものである。(それを「憧れ」と呼ぶ)

霧矢あおいの場合、身近にいる天才アイドル星宮いちごが、その対象だった。

ちなみに、この心理状態に気づいていない霧矢あおいは、ティアラ学園長から「水みたいな存在」と評され、その意味を考えることになる。

(71話のサブタイトル”アクエリアス=みずがめ座”と物語の目的”星座アピール”につながる布石で、まるで詰み将棋みたいな脚本とフレーズ選びだとわかる)

エピソード全体で「水とは何か?」みたいな哲学的な話を抽象化しており、その過程で霧矢あおいは自分の存在意義を再確認していくことになる。

水は存在感が薄い
→水がないと何も出来ないと気づく(山ごもりサバイバル中)
→水は存在感が薄いわけではない(なくなって始まって気づく)
→水があればなんでも出来る(ココアをつくる)

以上のように、哲学的な方法で、霧矢あおいは自分の存在意義を再確認することになる。(もちろん、気づきのきっかけは、星宮いちごだが…)

つまり、霧矢あおいは引き立てる相手がいてこそ最も輝く存在であり、そのことに自分で気づいていないだけだったのだ。

「1人では活躍できない」のではなく「他のアイドルがいてこそ、自分もアイドルであれる」存在なのだ。

71話の「キラめきはアクエリアス」は、そんな霧矢あおいのもやもやした感情や悩みを掘り下げて、最後には吹き飛ばすため、見ていて強いカタルシスが得られる。

で、そこから恒例のステージシーンに移り、物語の表面上の目的である「星座アピールを出す」につなげる脚本は「流石、サンライズ」と言った感じ。

個人的な話になるが、私も悩みを抱えていても何かのきっかけでふと解決することがあるが、おそらくそれは「吹っ切れた」とも言うべき感覚なのだろう。

そのあたりの経験と重なるので、このエピソードは何度見ても痛快である。

熱くなりきれない、霧矢あおいが見い出した”個性”とは?

上記の解説を見ればもはや自明だが「霧矢あおいは、他人を引き立ててこその存在である」である。

だが、現実では自己評価も他社評価も、えてして測り間違うものである

また、明らかに自分よりも適役がいたり、あるいは自分にまったく向いていないことでも「やらねばならない」事態も、ままある。

そういった状況で自分を見失わないためにも、霧矢あおいが見つけ出した自分の個性と存在意義を再確認しておきたい。

色んな場面で必要とされる「縁の下の力持ち」

霧矢あおいは縁の下の力持ちとして、作品内でも星宮いちごを始め、多くのアイドルを支えている。

現実でも、そういう地味だけどなくてはならない存在が、多くいる。

「縁の下の力持ち」とは、こうも言い換えられる。

  • 都合よく使い倒せる存在
  • 便利屋
  • 目立たない
  • 存在感が薄い
  • 個性がない
  • 向上心や野心に欠ける

その多くが、他人に評価されたり、感謝されることなどない。

現実はアイカツみたいにやさしい世界ではない。

いつの時代も声のでかい目立ちたがり屋が勝つように、出来ているのだ。

こと、現代ではネットで「自分を盛る」ことで、目立てる時代になった。

己の矮小さや無力さを痛感することも、よくあるかもしれない。

だが、世の中は99%以上の目立たない存在である「縁の下の力持ち」で支えられている。

そこに気づけない人間は、ただ想像力がないだけなのだ。

ちなみに、そのあたりのSNS承認欲求問題は「アイカツ!」1シーズン目で早期に、皮肉&戒めネタとして描かれていた。

将来の学園長候補としての期待に応える

霧矢あおいは、作中中盤でも明らかに「次期学園長候補」として、現職の織姫学園長から期待される描写が節々に散りばめられている。

織姫学園長自体が、星宮りんごという天才をスカウトして「マスカレード」を結成しトップアイドルに上り詰めた過去を持ち、その後スターライト学園というアイドル養成学校を設立した経緯を持つ。

霧矢あおいも後輩アイドルの指導を積極的に行うなど、図らずも織姫学園長の思惑通りのキャリアコースを歩んで、成長しているのだ。

織姫学園長は、決して「霧矢あおいに次期学園長を担わせる」なんてことは、明言していない。

だが、作中描写で視聴者に「将来、そうなるだろうな」と思わせる、説得力がある。

他人におだてられたり、褒められたり、あるいは成功(出世・昇進など)を約束されなければ、本気を出さない人間は、多い。

しかし、表面上の賛辞や褒め言葉などでなく、声にならぬ期待に応えてこそなのだ。

霧矢あおいからは、そんな当たり前のことを学べるのである。

霧矢あおいは「物語の紡ぎ手」でもある

ちなみに「アイカツ!」シリーズをメタ的に見れば、霧矢あおいは「物語の紡ぎ手」でもある。

第一話目で、星宮いちごがアイドルを目指すきっかけを与え、同時に背中を押したのは、他でもない、霧矢あおいなのだから。

また、後日のエピソードで親友になったきっかけも描かれているが、その時から「星宮いちごはアイドルになれる!」と確信していたことも明らかにしている。

(文字通り、アイカツは「ガール・ミーツ・ガール」なのである。…その方向性については「アイカツフレンズ!」が引き継いでいる)

霧矢あおいは、プロデューサーとしても親友としてもアイドル博士としても「アイドルの卵を見る目」があったのだ。

本人にはまったく自覚がないが「アイカツ!」という物語を作り出した、狂言回し的役割も担っている。

また、2シーズン目の後期OPであり、アイカツが打ち出した主題「SHINING LINE*」の映像では、霧矢あおいが最初の糸の紡ぎ手として描かれており、おそらくこれも制作陣の計算のうちだろう。

ちなみに、文字通り「主題歌」という意味と、作品自体の「主題=テーマ」としてのダブルミーニングとしても機能しており、この辺のコンセプト打ち出しも本当に上手くて感心させられる。

つくづく、すべての演出からキャッチフレーズ選びまで「計算づく」だと、何度見ても気づきが得られる。

こうして見ると、霧矢あおいは解説役というメタ的な存在でもあるに関わらず、主人公の親友・参謀としての立ち位置や成長を見事に描き切った、類稀でかつ挑戦的なキャラクターだったと言えるだろう。

まとめ

以上が、霧矢あおいの苦悩から学ぶ、参謀・オタクタイプの自己分析論だ。

しかし、残念ながら世の中では、星宮いちごみたいなスターの方が注目されやすい。

現実では、1位の人間のみが注目され、それ以下の人間は全員敗者として注目されない。

「縁の下の力持ち」は都合よくコキ使われるのが、現実でもある。

だが、本当にそうなのだろうか?

それは、霧矢あおいの紡ぎ出した「アイカツ!」という物語が、すべてを語っている。

誰もが星宮いちごみたいな、天才トップアイドルにはなれない。

私は「誰かが、自分だけの物語を始めるためのきっかけ」として、永遠に影に徹し続けたい。