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「誰のために仕事しているのかわからない…」と悩んだ時の考え方

クリエイター、あるいはマスマーケティングの仕事、つまり「不特定多数に向けて、制作する仕事」で時に陥りがちなのが「誰のためにやっているのかわからない…」という悩み。

私も定期的に陥りますが、その都度「ちょっと方針転換してみるべきか?」と色々試せる、ありがたい立場ではあります。

…が、やはり「誰のためにやっているのか?」というハッキリとした対象が欲しくなることは、ままあります。

「シャドーボクシングしているようでつまらん」というのが、実のところの本音なのです。

スコシテン編集長からのありがたい一言

「ブログ運営の仕事なんてモグラ叩きと一緒だよ!出てきたモグラを叩き続けると、いつの間にかスコアが増えてお金になるよ!」

(叩いたモグラが人の頭であることに気づけない恐ろしさもある)

ちなみに、この「誰のためにやっているのかわからない…」という自問はアイカツが元ネタです。(このブログの元ネタ自体がアイカツ)

「アイカツスターズ!」の虹野ゆめは作中にて「アイカツシステムの求愛により、過大評価もいいところのワケのわからん才能」に苦しめられ「誰のために歌えばいいのか?」と悩むことになります。

(心理学的に言えば「詐欺師症候群」にあたり、上手いこと表現してきたなあ…と感心)

また、アイカツの裏テーマには「誰のために歌うか?(頑張るか)」が含まれており「自分のため」と言い切った孤高の白銀リリィや、憧れの対象である神崎美月にとどめを刺すべく「輝きのエチュード」を放った星宮いちご、あるいは「より個に向けて仕事したい」とアイドルやめてお弁当屋さんになった星宮りんごなど、色々な考え方が展開されおります。

んで、私は職業病レベルでクリエイターの作品や商用製品を「これは誰のために?」と分析する思考を植え付けられているので、その辺の持論について説明していきたいと思います。

仕事では「誰のために?」は重要

「仕事なんて金のため」
「誰のためでもない、仕事だからやっているだけ」

筆者にも、そう悲観している時期がありました。

しかし、そういう無常観を持ち続けたまま仕事し続けると「一体、オレは何をしているんだ…?」と、いつしか心を巣食われてしまいます。

「ウソでもいいから、誰かのために、本当に役に立つ仕事がしてえよな…」

そう思ってしまうのです。

しかし、現実は非情。

溜まっていく口座の数字に反して、自分には何一つとして大事なものが積み上げられていないと気づくんです。

そうした無常観・厭世気分・退廃的な気持ちを吹っ飛ばすには、やはり「仕事は誰のために?」という答えが必要になってきます。

スコシテンの教義にも「より良く生きたければ、生きる使命を持て」と書いてあります。

つまり「誰のために仕事をするか?」とハッキリとしておけば、より良く生きられるのです。

仕事に熱中できるのであれば「誰のためでもいい」

結論から言っておくと「誰のためでもいい」とは思ってます。

最初は「誰のため」なんて考える間もなく、まずは自分のために必死に一人前になる努力をする必要があります。

ですが、一人前になって余裕が出来て視野が広がると、そうじゃなくなってきます。

「一体、誰のために自分の力を使えばいい?」

多分、そう思うのではないでしょうか。

人間、その時々の環境によって考え方も大事な人間も変わりますし、立場が変われば相手する人間も変わってきます。

「自分が信念を持って仕事に打ち込むため」に、都合よく「頑張るべき対象」が必要なだけの話です。

この悩みを「家族のため(愛する人のため)」に統一できる点で、結婚・子持ちというのは最強だと思います。

…がまあ、最近や結婚や恋愛に絶対的な価値を置いていない若者も多いでしょうし、逆に家庭持ちでも「家庭に居場所がない」という方もいるでしょう。

つまり「君がいない」のです。

「あなたが…いない」

仕事における「誰のため?」について考えておかなければいけないのが「君がいない」「あなたが…いない」という問題です。

これは、今後独身世帯が増えていくことが予想されるので(若者に結婚する金や余裕がない、無縁社会の加速など)、切実な問題になってきます。

そうなると、今までの「家族のため」「愛する人のため」という大義が、多くの人からなくなってしまうのです。

(アメリカの占領戦略、資本会社のコミュニティ分断戦略の大勝利)

最近の若者に「親を介護施設にぶっこむのに月100万円は稼がないとダメだよ」とそれらしい数字出して煽ると、反証として「いや、親が病気になったら自分で面倒見ればいいだけやん…助け合いやん…それ金関係ないやん…薄情な人間性丸見えやん…」と返せずに取り込まれてしまう時点で、どれだけ今の若者のメンタルが弱いかわかりますから。

(資本主義と貨幣経済の大勝利)

そういう時代状況に、大半の若者が心毒されています。

(メタ思考で神レベルの自我を持つ私は、そのような煽りには決して屈しない)

日本のドラマとか、ほぼ9割が「愛する家族のため」だとか「仲間のため」だとかに行き着くんですけど、正直私はまったく共感できません。

本当に大事な人間のために悪役に徹してまで目的遂行する人間の活躍する物語や、あるいは愛する人を失って行き場を失った人間の物語のほうが、非常に共感できます。

愛する人のために頑張る人間は、愛する人のためにしか頑張れないのです。

愛する人を失った瞬間、心が死ぬのです。

そこが、仕事の大義の限界性だと言えるでしょう。

そのうち「サザエさん」「ちびまる子ちゃん」的な昭和の三世代同居世帯や「クレヨンしんちゃん」的なバブル期特有のマイホーム持ちの核家族世帯など、ステレオタイプな家族観は排除されていくことになる未来が見えますね。

愛は地球を救いません。

マーケティング面で考える「誰のために」

マーケティング面での「誰のために」を紹介していきましょう。

これに関しては「ペルソナ」「クラスタ分析」など”仮説としての「誰のため」”を定義する方法が一般的です。

…が、これ実際に実践してみると「想定とはまったく違った層が存在する」とわかるので、まず理論通りには行きません。

(そもそも、突き詰めれば「リサーチデータの集計方法の精度自体に疑問が残る」わけですので、必ず想定外の結果が観測されます。よって、統計学・数字・データに関しては「構造上、限界がある」とわかります。なので、私はビッグデータ絶対信奉自体に懐疑的です。フェルミ推定はガバガバ概算ですから)

ですので、私はあくまでマーケティングで言うところの「誰のため=ペルソナ、クラスタ」は「統計的な50~80%ぐらいは当たる仮説」だとか「制作者が迷わないための意思決定基準」程度にしか思っていません。

実際、大手の販売会社や広告代理店などは、この事前リサーチをあらゆる方法で行っており、しっかりと市場ニーズや大衆心理を研究しています。

ですが、大手企業ですらヒットする商品の裏には失敗作もたくさん存在するので、万能の理論ではありません。

逆に言えば「ヒットした商品には、その背景と裏付けがある」ので、そこから逆説的に「ペルソナ」「クラスタ」を分析・仮定するという方法が有効です。

どういうことかというと「この作品や商品は、一体どの層をターゲッティングしているのだろうか?」と考えれば、逆説的に相手側の仮説や戦略も推定できます。

たとえば、コンビニや小売店で「この商品を買う年齢層や性別は?」を現場で観察する程度のことは、別に企業の保有するデータ見なくても誰でも出来ます。

また、アニメやドラマなどの視聴者クラスタは、各種SNSで検索でもかけておけば、おおむね把握できます。

(事前に説明した通り、どうあがいてもリサーチ方法の精度を高めることには限界があるので、別にその程度のリサーチ方法でも問題ないのです)

そうすることで「この商品のマーケティング対象は、どういったペルソナ・クラスタか?」と逆説的に分析できるのです。

…話が脱線しましたね。

要はマーケティングの方法論として「誰のために?」を定義する理論自体は存在するので、それを実践しておけば軸はブレないということです。

ただし、この方法の欠点は「機械的なので、人間性や面白みに欠ける」というところでしょう。

「ワケのわからん数字やデータで、実態がないのに、たしかに存在する”誰か”のために仕事している」というのは、実際はかなり気持ち悪いです。

その結果、得られるものは「金=数字」だけです。

本当に、それ以外は何も得られません。

関連:「仕事はお金のためじゃない」という考え方を突き詰めてみる。

…そう言えば、最近はドローン運用で、機械で手を汚さずに人が殺せる時代になってきているみたいですね。

クリエイターとしての「誰のために」

最後にクリエイターとしての「誰のために?」ついて、考えていきます。

この場合、心理学的に言えば「承認欲求」「自己愛」ベース…つまり”エゴ”になります。

わかりやすく言えば「他人に求められたい」だとか「自分の有能さを他に示したい」だとか「自分の仕事の価値を認めて欲しい」だとか、仕事の成果とはズレた部分の欲求のことです。

(これ、自覚して”意図的に利用”しないと、総じてめんどくさく思われるので、仕事上ではあんまり出したくない部分です)

もっとわかりやすく言えば「自分のやりたいことを仕事にしたい!」ってヤツですね。

私はこれ抜かすヤツ大嫌いで「口に出すんじゃなく、さっさと行動して結果で示せ」としか思っていません。

関連:だまされるな!「やりたいことを仕事に」「好きな事を仕事に」「夢を叶えよう」というのは信じないほうがいい

…がまあ、私自身クリエイター志望であったので、気持ちは痛いほどわかります。

「自分のしたいこと→”誰のため”の一致→お金になる」がクリエイティブ業の理想ではあるのですが、そうそう上手く行くわけがありません。

実際は前述の通り、マーケティング的に「お金になる→誰のため→自分のしたいこと(出来ること)」で判断した方が、最適解は見えるので色々楽です。

純粋に「自分が作りたいものを作る」という方向性でクリエイティブなコトをやるんなら、それはほぼ間違いなく”修羅の道”となります。経済的にも、立場的にも、評価的にも。

…が、現実の仕事において、ある程度の実力や経済力、あるいは信用や立場を得たら「やりたいことをやるために仕事上の建前(エゴ)を通せる」という場面もあるでしょう。

その時にブレないための、クリエイター(あるいは個人)としての「誰のために」についても書き記しておきます。

自分のため【アーティスト思考】

クリエイターでもっとも多いであろうタイプが「自分のために」というタイプ。

「アイカツスターズ!」では白銀リリィが「自分のために歌う」とキッパリと明言しましたが、もうわかりやすいぐらいに「ひたすら自分の世界観を追求しているアーティスト」という感じで、私が超大好きなキャラです。

…がまあ、このタイプはほぼ確実に「理想と現実のギャップ」にぶつかるので、どこかでその道を諦めないといけないのが、なんとも悲しいところ。

(実際、クリエイターとして食っていくのであれば「まずは金になるための技術や仕事が最優先」ですから)

私が好きなクリエイターさんであったり、友人にもこのタイプが多いですが、実際にプロとして仕事にできている人はさほど多くはありません。(趣味や同人、副業などが中心)

クリエイターというか、どっちかというと「アーティスト」だと言ってもいいかもしれません。「職人気質」とも言えます。

よく「クリエイターとアーティストの違いは?」と聞かれますが、私的には順序が一番大事だと思っております。

クリエイター→商業・仕事に合わせて制作物を作る、技術を習得する
アーティスト→純粋に自分が作りたいものを作って、その結果、初めて価値が認められる

…まあ、実際にはマーケティング面の演出で「好きなことを続けていたら、仕事にできた!」みたいに語っている”アーティスト”は多いですが、そんなことを言っている時点でほぼ商業主義に合わせて発言しております。

そっちの方が夢がありますし、なんと言ってもかっこいいですからね。

しかし、本物のアーティストであれば「作品(=実力)だけで語る」のが理想なので、本来表舞台に顔を出してペラペラ喋るべきではないのです。

もちろん、そのスタンスを貫くのは、商業主義+自己ブランディングが当たり前の現代では、死ぬほど難しいというか、ほぼ無理です。

この「自分の好きなものやスタイルを徹底して追求した本物のアーティスト」というタイプは、たとえば音楽業界では「ミュージシャンズ・ミュージシャン」などと呼ばれ、総じて不遇で「わかる人にしかわからない」という感じの経歴の人が多いです。

ギタリストで言えば「ロイ・ブキャナン」、バンドだと「Dream Theater」、あとはスタジオミュージシャン全般も当てはまるかもしれません。J-POPだと山下達郎さんなど。

私自身、根は「アンチ商業主義のカタマリ」という感じなので、本来は多分このタイプです。

君のため【失恋の恨み・辛み】

クリエイターで共感を得やすいのが「君のため」に作品を作れるタイプ。

これは、だいたい世の中においては「本当に振り向いて欲しい人にはそっぽ向かれて、どうでもいい人間からはちやほやされる」という、どうしようもないすれ違いが巻き起こす、人間感情のどうしようもなさが起こすものだと言えます。

「アイカツ!」で言えば、劇場版で星宮いちごが神崎美月というNo.1アイドルを葬る手向けのラブソングとして「輝きのエチュード」を一から制作する過程が描かれておりましたが、完全に恋の物語です、本当にありがとうございました。

しかし現実では悲しいかな、そういう純粋な気持ちは、ほぼ相手に伝わらないものです。

なので「壊れるほど愛しても1/3も伝わらない」と歌われたり、あるいは「ドイツで知り合った恋人が自分を求めて日本まで追ってくる」などと、妄想し出すのです。

…まあ、現実では本当に「上手く正しく伝える」のは難しいので、創作の世界に逃げこむ人が多数なのではないでしょうか。

(逆に意図的に誤解させるのは、クソほど楽なんですけどね)

取引先・クライアントのため【ただの仕事】

現実的に多くのクリエイターが選ばざるを得ないのが「取引先・クライアントのため」でしょう。

これは場合によっては「クライアントのクライアントのクライアントのためにプレゼンする必要あり」というケースもあれば「完全にクライアントの好みで判断」というケースもあるので、場合によりけりです。

後者のケースの場合、私は「その先の相手の業務範囲」までは考えないようにしています。

あるいは意図的に、言及しません。

このあたりは「問題は問題として表面化するまで、認識されない」という性質があるので「言わぬが花」というヤツです。

関連:問題や課題は「解決しない方がいい」という考え方について掘り下げていく

たとえば、成果物を納めて、それが相手の想定通りの効力を発揮しなかった場合はクレームつけられるか、あるいは容赦なく縁を切られます。

(これ、ホント契約内容詰めて責任の所在ハッキリしておかないとダメなヤツ)

考え方としては汚いかもしれないですが、率直に言えば「相手側の読みや判断能力が甘かっただけ」だとか「契約内容には成果物の商用利用後の効果まで保証していない」などとも言えるので、防衛策としては知っておきたいところです。

継続的にそのクライアントと付き合いたいのであれば「次につなげる」ことが出来るでしょうので、そのあたりは完全に信用問題です。

ただまあ、これ、クライアントが「今以上を求めてこない」となると、途端に作業ゲーになってクソつまらなくなります。

デザイナー・クリエイターにフリーランスが多くなるのも、多分そのあたりの事情があると察せられます。

不特定多数のため【マスマーケティング】

クリエイターが戦わなければならない相手が「不特定多数」という、実態のない存在。

これは「見えない敵」とも言い換えられ、前述のマーケティングの「ペルソナ」「クラスタ」にも置き換え可能です。

そして、覚えておきたいのが”見えない敵”はいつどこで、あなたを批判して攻撃してくるかわからないということ。

「批判されればされるほど、自分は強くなれる」
「叩かれれば叩かれるほど、自分は伸びる」
「傷つけば傷つくほど、他人に優しくなれる」

こういう強いメンタリティがあるのであれば、不特定多数の敵と戦い続けることも可能でしょう。

しかし、中にはその器もないまま不特定多数の敵を作ってしまい、傷つきまくっているクリエイターもいます。

ですが、考えてください。

ダイヤの原石は磨かれれば磨かれるほどダイヤに近づき、ついには傷つかなくなります。

そうすると、ある時期を堺に、不特定多数がまるで自分の味方をしてくれるような、悟りのような境地に達します。

そして、いわゆる声なき声を持つ人々サイレントマジョリティ
の叫びが聞こえ始めてくるんです。

手に取るように「自分には何が求められているか?」がわかり、
「まだ見ぬ私のことを信じくれる人」の期待に応えられるようになり、
頭の中に「今まで思いつきもしなかった、素晴らしいアイデア」が浮かんできます。

批判やバッシングですら「これは試練だ!」と感謝の対象となり、もはや向かうところ敵なし。

目の前の相手のため【すべてを捧ぐ…】

クリエイターの最終的な到達点は「ただ、目の前の1人のためだけに全力を捧げられる」ことでしょう。

これは冗談ではなく、大マジで言っています。

なぜなら、目の前の一個人相手に仕事するということは、ごまかしが一切効かないからです。

これは美術品や名画が「一品物」として、価値が億単位に釣り上がることからしても、明白でしょう。

また、世の中には「人間国宝」と呼ばれる存在もいます。

何が言いたいのというと、すべてを投げ出してその道を極め、たった1人の相手ためだけに作れる人間と言うのが、最後には勝つということです。

一方で、大企業の生み出す平凡なプロダクト製品はブームが過ぎ去れば忘れ去られ、歴史の闇に葬り去られます。

仮にあなたが創作者だとすれば、最終的には「誰も挑戦するような気すら失せる、遥か高みに君臨する、人間国宝」レベルを目指しましょう。

結局「誰のためか?」はわからなかった…

私はWEBコンテンツ制作の仕事に関しては「マーケティング」と「クリエイター」という業務領域は完全に切り分けて考えており、色んな部分で「誰のためか?」を考えるようにしております。

それこそ、その時々に応じて「誰のために」を使い分けております。

要は「都合よく、他人のためだ」と思っているだけなのです。

実際のところは「誰の役に立っているのか、まったくわからん」というのが実情です。

ですが「実態のない”誰か”が存在していて、確かに読んでいる」という感覚は、割とおぞましいのです。

そこに挑戦していくのが「不特定多数向け」の宿命でもありますので、致し方ないのだとも思います。

この「誰のために仕事するのか?」という哲学的命題は、高度にシステマティック化した現代社会では誰もが抱える悩みだと思いましたので、今回、記させて頂きました。

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