引き込もりニートが就職できないのは「対人関係」が怖いから【元ニート監修】

編集長
元ニートの
スコシテン編集長です

最近、改めてベストセラー作品「嫌われる勇気」を読んでアドラー心理学の研究をしているのですが「そういえば、そうだなあ…」と感じる解説があったので、引用いたします。

哲人:対人関係でつまずいてしまったのが、ニートや引きこもりと呼ばれる人たちです。

青年:では先生、彼らは仕事がしたくないのではなく、労働を拒否しているのではなく、ただ「仕事にまつわる対人関係」を避けたいがために、働こうとしないとおっしゃるのですか?

哲人:本人がどこまで自覚しているかどうかは別として、核にあるのは対人関係です。たとえば、求職のために履歴書を送り、面接を受け、何社も不採用となる。自尊心を傷つけられる。そんな思いをしてまで働く意味がどこにあるのかわからなくなる。あるいは、仕事で大きな失敗をする。 自分のせいで会社に巨額の損失を出してしまう。目の前が真っ暗になって、明日から会社に行くのも嫌になる。これらはいずれも、仕事そのものが嫌になったのではありません。仕事を通じて他者から批判され、叱責されること、お前には能力がないのだ、この仕事に向いていないのだと無能の烙印を押されること、かけがえのない「わたし」の尊厳を傷つけられることが嫌なのです。つまり、すべては対人関係の問題になります。

出典:嫌われる勇気

就職活動の失敗や対人関係の挫折の末、ニートや引きこもりが社会復帰できない原因については一概にどれとは決めつけられないのですが、本著の「核にあるのは対人関係」という理由は、一理あるとは思います。

実際、ニート層の就職・転職活動の障壁は…

  • 他人に説教・叱責されるのが怖いから
  • 圧迫面接などで自分を否定されるのが怖いから
  • 時間をかけて書類作成・応募した末に落ちると、自分を否定された気持ちになるから

…といった、自尊心(自己愛承認欲求)が大きな原因とする仮説は、否めない事実だとは思います。

よりわかりやすく言えば「傷つくのが怖いから」とも言い換えられます。

不採用通知の「今後のご健勝をお祈りしております」という一文が、悪意のある言葉に感じてしまう心理状況なども、その最たる例でしょう。(ネット上では「祈られ」と揶揄されていますが、企業側は事務処理的に対応しているだけですので、悪意もクソもありません)

これに関して「メンタルが弱い」「打たれ弱い」「軟弱者」と叱責するのは、たしかにその通りではあるのですが、そう一概に決めつけてしまうと、ますます本人は己の内側に引きこもることになるので、あまり得策だとは言えません。例外なく本人は自覚てきていませんから。

…まあ、私がこうしてこういう文章を書いているのも、私自身が就活生時代に企業人事からのワケのわからん説教や叱責に心折られてニートになったからではあるのですが、最近は良くも悪くも「自分の弱さ」をフラットに受け入れられるようになって来たので、改めて自戒や反省も込めて書いておこうと思いました。

他人に否定されて傷つくのは、怖い

正直、未だに私も「他人に否定されて傷つくのは、怖い」と思ってます。

…がまあ、このサイトに書いてある文章なんて9割以上が本音でもなく、本気で書いていないものばかりですので、仮に滅多クソに叩かれても「そんなこと言われても、ただの仕事だしなぁ…」で割り切れます。

そこを見誤って「自分のことを認めて欲しい!」だとか「自分の気持ちをわかって欲しい!」だとか「出来るだけ稼ぎたい!」だとか「全身全霊をかけた仕事だから、絶対に評価されるはずだ!」とか、変に力を入れ込むと、だいたいガッカリするハメになります。

世の中、自分の想いとか熱意とか努力とか、そんなものは結果に何も影響を及ぼしませんから。

そんなものに力があると思いこむから、傷つくことになるんです。

ですので、私は世の中にも他人にも一切の期待もしていないですし、仕事に対しても熱意も何もありません。ましてや夢もありません。あったとしても、もう忘れました。

こう考えれば、一切傷つかずに済みます。

仕事や対人関係で傷つくのが嫌なのであれば、感情を捨てて機械になればいいだけですから。

その分、失うものは多いですが、世の中では「機械になる」ことを「大人になる」などと言って、称賛してくれます。

本当にうんざりするぐらいに「自分を圧し殺す」方が、世の中上手くいくことが多くて笑っちゃいます。

仕事に「個性」とか「人間性」とか「感受性」とか、一切求められていません。

関連:機械のような性格の私が感情と人間性を取り戻した結果…【AIと化した私から人間への挑戦状】

仕事や他人に「過剰な期待」「夢」「憧れ」を抱くから、傷つくことになる

なぜこの話をしたかというと、就職・転職活動の履歴書・職務経歴書作成とまったく同じようなことだからです。

企業側も「事務的・機械的に書類選考で人を落とす」わけですので、こちらも心を機械にしてしまえば、いいだけの話です。

いくら思いや熱意を込めて文字を丁寧に履歴書を書いても、企業人事側は一秒目を通しただけで「不採用」と判断を下します。

そんなものに、余計な熱意なんて込める必要はありません。

例外は「面接」なのですが、これはもう「人事との相性」「運」としか言い様がありません。

面接官や企業によってそれぞれの判断基準があるので、何をしても落とされる時は落とされますし、上手く行かなくても採用されることはあります。

そこを勘違いして「こうすれば上手く行く!」だとか「自分なら行ける!」だとか「万全の準備をしたから大丈夫!」だとか、そういう余計な感情を持ち込んで期待すると、痛い目にあって傷つきます。

面接なんて「素直にプロのアドバイザーの指示や指摘どおりにやっておく」程度の努力で十分です。

少なからず、面接官はニートや引きこもりに大した期待なんかしていないので、どれだけ完璧にやっても落ちる時は落ちますし、逆に運が良ければ採用されます。

…その程度のレベルのことに、余計な感情を抱くから、傷つくことになるんです。

「対人関係が怖い…」のは今も変わらない

本音で言えば「対人関係が怖い…」というのは、今も変わりありません。

流石にそれなりに社交経験はあるので、別に人見知りではないのですが、必要もなく交流を広げる必要性をまったく感じません。

率直に言うと「人と向き合うのが怖い」だけです。

なぜかというと、ほぼ例外なく分かり合えないからです。

「怖い…」というか、最近はよもや「疲れるだけ」「めんどくさい」以上の感情は抱いておりません。

その点、仕事の付き合いなんて「お互い、利害や打算の上で建前ペラペラ喋って探り合っているだけ」だとわかりきっているので、超絶楽です。ゲーム理論を始めとした戦略・理論に忠実に考えればいいだけなので”最適解”みたいなものが、存在します。

これは別に「相手を出し抜こう・陥れよう」と考えているのではなく、単純に「自分がどう答えればいいか?」の選択肢が浮かぶので、本当にプライベートの対人関係と比べて”楽”なのです。

逆に、プライベートのとくに目的のない対人関係は、意味もなくキレたり怒ったりする人間もいれば、利害も打算もなく好意を見せてくる人間もいますし、ちっとも楽しくないことでワイワイ騒ぐことを強要されるので、正直、読めなすぎて疲れます。

このあたり、心理学ベースの性格診断である、グッドポイント診断の「親密性」とMBTIの「INTJ」あたりの性質が出まくってます。

…という感じで、自分の性質を把握しておけば、ある程度セルフコントロール可能です。

処世の術としては「他人に深入りしないように気をつける」「他人に深入りさせないように受け流す」の2点ではないでしょうか。

そういうのは、対人関係の中で傷つく経験を経て、最適な距離感を覚えていけばいいですし、ある程度の自分軸や判断基準を持っておけば、感情に流されずに済みます。

本音で言えば、私は傷つくのも傷つけるのも嫌ですし、争うのであっても仕事の中でのみに留めておきたいです。「嫌われる勇気」を免罪符に、本当に嫌われてもいいわけではないことは心得ておきたいものです。

関連:「戦わない・争わない」という選択肢を見つけ出すための考え方

「無能感」に耐えられないのも当たり前

「無能感」に関しては、一時期すさまじいレベルで苛まれておりました。今も油断すると、取り込まれます。

これは原因はほぼ明らかで「単に失敗したり、負けた経験が圧倒的に欠けているだけ」でしょう。

これは私の自己分析論にも書いておりますが「負けたら負けた分だけ、自分の力量を弁えられる」わけです。

「上には上がいる」と知って、さっさと自分の力量弁えておけばいいんです。

他人を無能扱いして、洗脳する手法

「自分は無能だ…」と思い込んでいる人に多いケースが、周りに「自分を無能扱いする人ばかり」の環境の場合。

これはブラック企業の古典的な洗脳手法で「お前はダメな奴だ」と何度も吹き込んで、上司や会社の指示に疑いなく従わせる方法です。

無自覚なモラハラ両親が使うことでも知られており、たとえば「お前は私がいなければ何も出来ない」と思い込ませ、依存させる方法でもあります。

ちなみに、カイジの冒頭の演説でも同じ手法が使われていますね。

これらの手法を熟知しておけば「無能だけど何か?」「隠した認識がないですからねぇ…」という感じで、揚げ足取りに悠然と対処できるようになります。

…が、逆に言えばこれらの手法を知らない場合、凶悪なマインドコントロール手法として作用し、社員を鬱・過労死に追い込めるほどの悪魔の方法です。

ブラック企業の退職者のモデルケースなどを見てみますと、例外なくこの手法で精神ぶっ壊れるまで追い詰められているので、心当たりがある方は注意。

他人に勝とうとすると無能感を感じやすい

あと、よく無能感を感じるのが「他人に勝とうとする」場合。

これは「アイカツスターズ!」の桜庭ローラがわかりやすいぐらいに、わざとらしく描写されております。

関連:【アイカツスターズ!】桜庭ローラは負け続けるからこそ美しい。敗者の美学を知ってこそアイドルは輝く

先ほど書いた通り「熱意や想いなんか、仕事の成果にも、勝ち負けにも、なんの影響も与えない」わけですので、勝つ気がない奴が勝つなんてことは、珍しくもないです。

残念なことに「やる気がないのに才能がある奴」だとか「有力者からえこひいきしてもらっている人間」が「人一倍努力している人」に勝ってしまうのです。

恋愛で言えば、イケメンモテ男が好意もないのに色んな女性と付き合えるのと一緒で、本人の思いの強さとか努力とか、結果に何も影響を与えません。

世の中そんなもんです。

実社会では「コネ」「裏取引」「運」などが絡み、実力とか努力とか才能とか、大して勝敗や順位に影響しないので、他人に勝とうと思って努力すると、だいたい痛い目にあいます。

そういう「正々堂々、実力勝負!」という世界は、今どき学校の入試ですら不正入学が明るみになっていることから、ほぼ存在しないと考えてもよいでしょう。

「嫌われる勇気」では、以下のように書いております。

アドラーは「優越性の追求も劣等感も病気ではなく、健康で正常な努力と成長への刺激である」と語っています。劣等感も、使い方さえ間違えなければ、努力や成長の促進剤となるのです。

健全な劣等感とは、他者との比較のなかで生まれるのではなく、「理想の自分」との比較から生まれるものです。

超わかりやすく言えば「自分自身には勝てる」ということです。

対人関係が怖いニート・引きこもりはどうすればいい?

以上のように「対人関係が怖いのは当たり前」なので、それ自体は別に普通のことなので、仮に同じような悩みを抱えている読者の方がいましたら、あまり深刻に悩む必要はありません。

結局のところ、対人関係の悩みを克服するには「失敗して、挫折して、傷ついて、経験して、他人や社会と折り合いをつける」しかありません。

嫌になったら逃げることも出来るし、立ち向かうことも出来ます。

それが良いか悪いかは、他でもない、自分自身で決めることです。