ロジカルシンキングのトレーニング方法。「トレーニングしただけで身につく」なんて考えるな!

んん。ロジカルコンサルタントのヒビキですぞ。

今回はロジカルサーガ最終章「実践編」を紹介する。

第一章 ロジカルシンキングがビジネスで求められる理由

第二章 ロジカルシンキングの大いなる誤謬

前章での「ロジカルシンキング」の要点まとめ

  • ロジカルシンキングは簡潔に手っ取り早く、相手に要点を伝えられる
  • 結果、相手が判断しやすくなる→動きやすくなる
  • ロジカルシンキングは「目的遂行手段」のツール
  • ロジカルシンキングは「論理的」だが「感情的」でもある
  • ロジカルシンキングを使いこなすには「何が何でもやり遂げる覚悟」が必要

これらの要点は「本を読んで一からロジカルシンキングを習得しよう!」と甘えた奴らの認識を正すべく書いた。

ロジカルシンキングの本質を理解していない輩の認識は、一度リセットさせる必要がある。

たとえば、私の記事では「MECE」「フレームワーク」と言った、ロジカルシンキングの専門用語は一切使っていない。

そんな単語覚えたところで、何の役にも立たないからだ。

ロジカルシンキングの本質は「考え方」だ。

考え方を先に身につければ、そんなものは後から「取ってつけた理屈」として身につく。

本質を理解できない人ほど「目先の技術」「専門知識」を先に習得しようとする。

資格や知識だけ持ってても、実務でまったく使えないのでは本末転倒だ。

告白しておくと、この記事は「まったくロジカルではない」。

何一つ具体的なことは書いていない。

しかし、ロジカルシンキングは身につくはずだ。

なぜなら、嫌でも頭使って考えてもらえるように書いてるから。

つまり「読むだけでロジカルシンキングの悪魔を呼び起こす文章」なのだ。

「ロジカルシンキング」の目的を明確化しろ

前章で何度もお伝えしているが「ロジカルシンキングとは目的遂行のためのツール」だ。

「目的=出したい結果」ありきで、理屈や論理がついて回ってくる。

「なぜ、ロジカルシンキングを学びたいのか?」の目的意識がない時点で、全然ロジカルじゃない。

そんな奴は、ロジカルシンキングの本を何千冊読んでも、せいぜい「暗記」「言われたとおりに実践」までしか出来ない。

そして「自分はロジカルシンキングを学んだ!」と言いつつ、要領を得ない説明しかできなくなる。

・ロジカルシンキングの目的

  • 導き出したい結果
  • 達成したい目標
  • 知りたい真実

先に「出したい結果」を自覚していなければ、どんなに理屈や論理を並び立てても、説得力のある説明はできないのだ。

ところが、ロジカルシンキングを理解できていない人ほど「結論から言うと…」ととりあえず冒頭につけておけばいいと思っている。

そんなんだからいつまで経ってもロジカルシンキングが身につかない。

「結論から言うと」じゃない。

最初から結論を知っておかなければいけないのだ。

そうすれば、必然的に「結論から言うと」という結果になる。

なんで、わざわざ「結論から言うと」なんて言わずとも伝わるのだ。

ロジカルシンキングとは「ただのツール」

何度でもしつこく言うが「ロジカルシンキングとは目的遂行のためのツール」でしかない。

何のためにロジカルシンキングを習得したい?

多くの人はこう答えるだろう。

「社会人に必要なスキルだから…」
「コンサルタントが推奨しているスキルだから…」
「もっと上手く他人に説明したいから」
「人に話が”わかりにくい”と言われるから」

どれもまったくもって動機が不明瞭で、目的意識が低い。

「社会人に必要なスキル」という理由をもっと掘り下げてみようか。

ロジカルシンキングが社会人に必要なスキルと言われる理由

客観(評判・口コミなど)…弱い動機

  • プレゼンテーションで使えるから
  • コンサル系では当たり前に使われているから
  • 有名コンサルの〇〇さんが推奨しているから

主観(悩みや問題の解消)…強い動機

  • もっとプレゼンが上手くなりたい
  • コンサルタントを目指しているから
  • コンサルタントの思考法・技術を盗みたいから
  • わかりやすく他人に伝えたいから

ハッキリ言っておくと「客観的な理由」については、そんな甘えた考えなら学ぶ必要はない。

なぜなら、本質的には「自分で必要だと思っていない」からだ。

しかし、実はそうではない。

「ロジカルシンキングが役に立つ!」と聞いて興味を持った人は、潜在意識で「話を上手く伝えたい」「わかりやすく話したい」という悩みがある。

つまり、客観的な理由からロジカルシンキングを習得したい人も、主観的な理由でロジカルシンキングを学びたい人並に強い動機に変わることが出来るのだ。

なので、ロジカルシンキングを習得する方法は実はいたってシンプルだ。

なぜ、自分はロジカルシンキングを習得したいのか?

これをずっと考え続けること。

ただそれだけでいいのだ。

そうすれば、自ずと何から学ぶべきか見えてくる。

要は「ロジカルシンキングとは何か?何のために学ぶのか?」を追求し続ければ、ロジカルシンキングなんて勝手に身につくのだ。

ロジカルシンキングは”本を読むだけ”では学べない

愚かな者ほど「ロジカルシンキングを体系的に学ぼう!」と考える。

よって、簡単に学べる本を読んで満足しようとする。

予め言っておくが、ロジカルシンキングを体系的にまとめている本ほど、実践書としてはまったくロジカルシンキング出来てないという矛盾に陥る

なぜなら、読んでも考えずに済むからだ。

そこに気づけない人は、何千冊読んでも無駄だ。

逆に普段から考えていたり、本を読みながら考えられる人であれば、一冊でも相当の量の見識が広がる。

”知”の暴力のみが、真のロジカルシンキングを呼び起こす

しかし、安心して欲しい。

読むだけで満足するような人は、まずは何十冊も本を読むとこから始めればいい。

たとえば「ロジカルシンキング」に関する本を読んでみたとしよう。

1冊では何も得られずとも、2冊読めば「両著の違い・共通項」に気づき、ロジカルシンキングで大事なことがつかめる。

10冊も読めば「全著に書いてあること」と「筆者の独自見解」があることがわかるだろう。

この違いが掴めないのであれば、そもそも1冊の本に頼り切るのは危険だ。

なぜなら、1冊の本を読んで理解した気でいるのは「筆者の考えたことがわかった」だけであり、本質は理解できていないからだ。

この意味がわからないのであれば、まずは頭のトレーニングだと思って、がむしゃらに本を読んで欲しい。

ロジカルシンキングの本質は「統計」にこそある。

統計とは歴史・集合知、あるいは「多くの他人の経験から導き出された結論」とも言いかえられる。

たとえば、ことわざ。

「出る杭は打たれる」などは、どの時代にでも起こりうる。

先人はロジカルシンキングで、集団において「出る杭は打たれる」という現象を発見したいのだ。

あるいは、ドイツの鉄血宰相ビスマルクの至言「愚者は経験から学ぶが、賢者は歴史から学ぶ」。

これも、言い換えるなら「自分一人の経験から学ぶのは愚かだが、先人の築き上げた”歴史=統計”から学ぶのは賢い」とも解釈できる。

さらに、ことわざで言えば「三人寄れば文殊の知恵」。

1人の意見や見解は大したことないが、3人分の意見が集まれば文殊並の知恵となる教えだ。

このことから、たった1冊の本に自分の知識や経験を委ねてしまうことが、どれほど危ういかはおわかりいただけるだろう。

ロジカルシンキングを極めたいのであれば「1冊の本を読んで完璧に理解する」のではなく「何百冊もの本を読んでほどほどに理解する」必要があるのだ。

これを「乱読」と推奨している外山滋比古氏の著はとくに「頭の体操」になるので、ぜひ読まれたし。

関係ない本を読め

また「ロジカルシンキングを習得するためにロジカルシンキングの解説本を読む」という必要はない。

なぜなら、本や文章そのものがロジカルシンキングの産物だからだ。

この文章も「論理」はなくとも、私の経験や先人の知恵から生み出されている。

どんな本や文章にも、実はロジカルシンキングが使われているのだ。

ただ、こと「ロジカルシンキング」を鍛える上でオススメしたいのが「形而上学」。

とくに形而上学として、日常生活でもっとも役に立たないことで有名な「哲学」の本。

哲学は「なぜ、そんな無駄なことを考える?」とツッコミたくなる要素が盛り沢山だ。

哲学とは、私の解釈で言えば「人間の不完全さや曖昧さを克服していくための学問」だ。

なぜ哲学が必要か、教えよう。

「お前の人生は無駄だ。お前の命の価値はない」

こんなことを言われて、頭にこない人間はいない。

人間は「自分の存在理由」が欲しいのである。

しかも、それは気づかないだけでもう出会っている。

しかし、多くの人は「言葉」にできない。

ロジカルシンキングが出来ないからだ。

よく「人生なんてそんなもんだ」と大人が言う。

諦観した大人の言い訳だ。

いや、違う。

どんな人間も自分の存在意義や価値というものは、大なり小なり持っている。

ただ、言葉に出来ないだけだ。

哲学の面白いところは、そういった「誰もが”なんとなく”で済ませている現象や症状に、果敢に立ち向かっていく姿勢」であるのだ。

言い換えれば「人間の心の闇の奥底に迫る学問」と言ってもいい。

常識を疑い、曖昧過ぎる現象を論理化し、深遠なる闇に迫る。

その思考過程を知ることで、ロジカルシンキングを育むことが出来る。

本を読むことの本質は「他人の思考法をトレースする」ことにある。

多様な思考法を身につけなければ「自分だけの考え方」から抜け出せないのだ。

ロジカルシンキングを極めたくば、まずは自分の思考の限界を越え続けろ。

そういう意味で、哲学を始めとした「無意味と思われている形而上学」は非常に有効なのだ。

なぜなら、絶対に答えの出ない謎に果敢に立ち向かい続けているのだから。

ロジカルシンキングは「仮説→検証→反省」の繰り返し

ロジカルシンキングには普遍的な答えは存在しない。

「これはロジカルシンキングだ!」と言えば、それがロジカルシンキングなのだ。

しかし、相手には伝わらない。

人の心を動かさない。

それはロジカルシンキングの悪魔を飼いならしていない証拠だ。

ロジカルシンキングを極めたければ、論理のさらにその先を行け。

ロジカルシンキングとは「仮説→検証→反省」の繰り返しにある。

横文字好きなビジネスマン風に言えば「PDCAサイクル」。

あるいは「インプット→アウトプット」。

「PDCAサイクル」「インプット→アウトプット」という言葉や概念自体は大して重要でない。

なぜ、先人たちが”重要だ”と提唱したのか?」を考えて実践し、先人たちの思考に近づくことに大きな意義がある。

前置きが長くなったが、以下ロジカルシンキングのトレーニング法。

  1. ひたすら見る・聞く・知る・読む(情報)
  2. アイデアを書き出せ
  3. 見えないものを見つけ出せ(共通点・分類)
  4. 正しいかどうか検証
  5. 得られた結果から反省

見る・聞く・知る・読むは日常的に経験しているので省くが、強いて言うのであれば「自身の経験=情報」と捉え、大いなる歴史の一部と捉える必要がある点には注意。

ロジカルシンキングを行うにおいて「自分の経験や感情」などは、すべて切り離して「情報の一部」として考える必要があるのだ。

とにかく書け!出せ!お前の頭のすべてを!

ロジカルシンキングを実践するのであれば、まずはとにかく書け

まとめようとするな。
頭のいいことを書こうとするな。
何かを伝えようとするな。

ただ、とにかく書け。

言葉に出来なければ、ロジカルシンキングのスタートラインには立てない。

たとえば、まずは「自分」でいいだろう。

なんでもいいから書け。

  • 毎日スマホをいじっている
  • 子供の頃はロックスターになりたかった
  • 今はしがないサラリーマン
  • 上司がムカつく
  • 給料が上がらない
  • ネガティブ
  • 病弱
  • 長生きしたくない
  • リストラされそうで不安

…など、なんでもいいから書け。

まずは己自身から言葉にしろ。

ロジカルシンキングとは徹底したブレインとして、自分自身を言語化・論理化しなければいけないからだ。

「見えないもの」を見ろ!

次に書くだけ書いたら「見えないものを見つけだす」必要がある。

これが出来るかどうかが、ロジカルシンキングの悪魔と出会うか否かの鍵になる。

言っておくが、ロジカルシンキングとは制御しているようで制御できない暴虐の魔物だ。

奴らは突然襲いかかってくる。

電車での通勤中、トイレで用を達している時、本を読んでいる時。

どこでもお構いなしだ。

この瞬間を、人は

「神が舞い降りた」
「女神が微笑んだ」
「悪魔が取り憑いた」
「アイデアが浮かんだ」
「閃いた」

…などと表現する。

もし、あなたが自分が乱雑に書きなぐった文字から何かを見いだせたのであれば…

おめでとう。そしてようこそ。果てしなき思考の地獄へ。

もし何も見いだせないのであれば、見つかるまで「書く→発見」を繰り返せ。

ここで見つかる”魔物”は、多くの思考法や発想法では「共通点」「分類」などと呼ばれている。

だが、私はあえてそのような陳腐な表現はしない。

なぜなら、文字通り”魔物”が見つかる瞬間があるからだ。

私は1人の多くの読者に”真のロジカルシンキング”に目覚めていただくために、あえて専門用語は使っていない。

なぜなら、言葉に出来ない”魔物のような何か”を発見した喜びを、言葉や論理にしていく過程を楽しんで欲しいからだ。

己の頭の中に潜む魔物を飼いならした時、初めてロジカルシンキングを会得できるのである。

正しいかどうか確かめろ!

しかし、魔物の力は得てして不安定、制御不能、どこまで効力を発揮できるかもわからない。

なので「力の解放」を行う必要がある。

いわゆる”試し斬り”ってヤツだ。

言葉とは無限の刃だ。

お前の中で生まれた魔物を、言葉という刃に替えて解き放つ必要がある。

己の心の闇と魔物を他人にさらけ出す必要があるのだ。

言い換えよう。

恥をさらせ。
嫌われろ。
変人に思われろ。

他人に「自分が見つけ出した革新的なアイデア」を話してみろ。

そして、率直に批判を聞け。

そうすれば、必ず”失敗”する。

正しくないとわかる。

おめでとう。一歩前進だ。

反省しろ

次は反省だ。

落ち込んでいる暇も悩んでいる暇もない。

まずは反省だ。

・心の魔物を見せつけた後の反省

  • 自分の読みや分析が誤っていた
  • 知識や経験が不足していた
  • 相手が間違っていた
  • 時間帯が悪かった
  • 言葉が悪かった
  • 方法が間違っていた

…可能性はいくらでも思いつく。

なので、思いつく限り書け。

そうすれば、この「反省を洗い出す」の段階が「アイデア」出しの部分だと気づくだろう。

おめでとう。PDCA無限地獄ループ、円環の理に導かれたぞ。

ロジカルシンキングとは、抜け出せない”思考錯誤”の無限ループなのである。

すべてが「ロジカルシンキングのトレーニング」である

ここまでお読みの方なら気づいたであろう。

日常のあらゆる事象はすべてロジカルシンキングのトレーニングになるのだ。

「どうして上司は機嫌が悪いのか?」
「なんでこんな日に限って忘れ物を…」
「どうしてこんなにも胸が苦しいの…」
「なんでこんな誰が書いたかわからない記事を読んでるんだろう」

すべて、ロジカルシンキングの道に通ずる「素朴な疑問=アイデア」なのだ。

しかし、凡人は途中で考えるのを辞めてしまう。

なぜなら、考えてもわからないからだ。

わかる前にやめてしまう。

だからロジカルシンキングが身につかない。

改めて言おう。

ロジカルシンキングとは、断固たる意志で真理を追求する飽くなき挑戦の産物だ。

真理に辿り着けることはないが、真理に近づくことはできる。

考えてみろ。

お前が今手元に持っているスマホにも謎は無数にある。

  • この記事は誰が書いたのか?
  • この人の情報源は?
  • このサイトの作り方は?
  • サイトのサーバーはどこ?
  • このスマホを作った会社は?
  • 製造メーカーは?
  • 品質管理は?
  • 流通までに通した業者の数は?
  • このスマホが手元に届くまでに仕事で関わった合計人数は?
  • なぜ私はスマホでこんな記事を読んでいるの?

ほら、見ろ。スマホ一台だけでもこれだけの疑問が浮かんでくる。

もしそこまで考えていなかったのであれば、お前が普段から頭を使っていない証拠だ。

そして、これらの疑問を追求してみけば「仮説ぐらい」は思いつく。

思いつかないのであれば、知識も情報も勉強も想像力も足りていない証拠だ。

考えて考えて考え抜け。

それがロジカルシンキングを習得する、最善の近道だ。

ロジカルシンキングのトレーニングなんて、今からでもすぐに出来ることに気づかなければ、ただ本を読んで満足するだけの人生からは抜け出せないのである。