元転職エージェントが明かす、本音と苦悩。優遇されたければ、相手の心情を推し量れ!

転職アドバイザー
元転職エージェントの
ヒビキです

私はかつて、転職エージェントとして大手でキャリアアドバイザーとして働いた過去を持つ。

しかし”理想と現実のギャップ”とやらに耐えられなくなり、辞めてしまった負け犬だ。

当サイトにお越し頂いた皆様は、おそらく以下のような悩みや疑問を持っていると思う。

「転職エージェントでは、どういう人が優遇されるの?」
「転職エージェントを使ってみたいけど、自分でもしっかりサポートしてもらえるか不安…」
「転職エージェントにだまされないか、心配…」

元転職エージェントの私の立場からしても、悩みや不安が晴れないままエージェントを利用している人は、実に多く感じる

そのような利用者に、ベストな対応が出来たかと言えば、そうとは言い切れない。

現実は厳しい。

多くの利用者にしっかり対応できず、見捨ててしまう結果になったことは、何度もある。

そんな私の立場から言えることは「転職エージェントも、自社・取引先企業・求職者の板挟みとなり、非常に難しい立場であることを知って欲しい」ということだ。

「お前らの事情なんか知るか!しっかり対応しろ!」と言われれば、それまでかもしれない。

実際、そういうスタンスで利用する人も、かなり多い。

もちろん、転職エージェントはプロだ。

そういう人にも、しっかり対応する。

…が、仕事である以上は優先順位というものがある。

聞き分けが良くて話のわかる利用者や、経歴がある人材の以外の対応は後回しになるに決っている。

私も、出来ればすべての利用者にベストな対応をしたいと思っていた。

だが、現実的にダメな利用者は、見捨てなければやっていけない面もあるのだ。

この記事では、より求職者・転職エージェント双方が発展していくことを願い、私自身の”弱さ”をさらけ出す、恥ずかしいまでの苦悩と本音を語っていく。

転職エージェントの担当者は「難しい立場である」

転職エージェントでのキャリアアドバイザーとは、非常に難しい立場に置かれる仕事である。

  • 利用者(求職者)
  • 紹介先企業(取引先)
  • 上司・他部署(社内)

この3者の間に立たされ、調整するのが転職エージェントのキャリアアドバイザーの役目だ。

立ちはだかる「理想と現実のギャップ」

私が人材会社に入社し、キャリアアドバイザーとなったのは「より多くの人に、本当に自分に合った仕事を見つけ出して欲しい」という思いがあったからだ。

自分ならそれが出来ると思っていたし、そうなりたいという挑戦心もあった。

だが、現実は厳しかった。

転職エージェントは、利益を出さなければいけない仕事なのだ。

そのため、人件費をたくさん出してくれる会社に、利用者の意向を無視して紹介しなければならないことも、よくあった。

やっていることは「利用者に合っている仕事を紹介する」のではなく「こちらが押しつけたい求人を”あなたに合った仕事”」と言い通しているだけなのだ。

また、上からはノルマを課せられ、同期と競わされることになる。

このノルマ競争に打ち勝つ人物というのは、実のところ汚い方法を使っていることも、珍しくない。

残念ながら、世の中そういう「他人のことなんかどうでもいい」という人間のほうが、出世競争に勝てるように出来ているのだ。

「企業ブランド」で勝ち誇っているだけの、虚しい仕事

私が大手人材会社で働いていて感じたことは「自分は企業ブランドに頼っているだけで、何一つ自身の力で成し遂げいる実感が湧かない」ということだった。

実際のところ、キャリアアドバイザーの出来ることなんて、たかが知れている。

社内の営業部隊が集めた求人情報を、社内の誰かがデータベース化し、それを引っ張り出して利用者に紹介するだけなのだ。

自分が働いたこともないどころか、求人先の採用担当者とすら話し合ったことがないような企業を、利用者に紹介するのである。

そんな仕事、本当の意味で熱が入るわけがない。

どこぞのお店のアルバイトが、タブレット端末で料金プランを入力して、お客さんに提示しているレベルの仕事内容でしかないのだ。

大手の人材会社でも、そのレベルの仕事だと言うのだから、思わず笑ってしまう。

自分の工夫や能力なんか、まったく関係ない。

ただ、会社の情報力やシステムに頼って、エラソーに「転職に詳しい人」ヅラしているだけの虚しい仕事が、キャリアアドバイザーの真実だったのだ。

「営業の仕事なんて、そんなもんだよ」

そう言われればそれまでなのだが、どうにもやりきれない気持ちばかりが、私の中で膨れ上がっていくのである。

親身に対応しても利用者から恨まれるという”苦悩”

そんなキャリアアドバイザーにも、腕の見せ場がある。

利用者に対しての、対応力・カウンセリングだ。

私は「利益重視でテキトーな紹介をしても、上手くいくわけがない」という信念を持ち、確固たる意志でキャリアアドバイザーの仕事に励んだ。

だが、そんな私のこだわりや信念など、実際は利用者からすれば「不必要なもの」と言わざるを得なかった。

私が転職エージェントを経験した思い知ったことは「驚くほどに、こちらの話をしっかり聞いてくれない利用者が多い」ということだ。

「自分の合った仕事を的確に紹介してくれる、エスパーみたいなエージェント」
「自分の選びたい仕事を、転職エージェントは的確に紹介してくれる」
「効率よく楽に、転職活動を成功させたい」

「面談に参加するのだから、求人情報以上の詳しい会社情報を提供してもらえる」

このように、転職エージェントの実態や事情を知らない利用者は、人材会社のマーケティング・広告面を信じ切っているので、過度に期待していることも珍しくない。

どうあがいても、こういう「転職エージェントに夢を見ている利用者」からは恨まれることになる。

なぜなら、間違いなく期待を裏切ることになるからだ。

それが、キャリアアドバイザーの仕事のやるせなさの一つだ。

よく「転職エージェントが信用できない」だとか「転職エージェントがムカつく」だとか、そういう評判も目にする。

言いたいことは、わかる。

だが、キャリアアドバイザーも多くの利用者に恨まれ続け、こう学んでいくのだ。

「話のわからない相手には、熱心に対応するだけ無駄だ」…と。

転職エージェントは魔法使いでも、エスパーでも、ヒーローでもない。

ただ転職したい人に対して、ほんの少しのサポートと、会社が保有する求人を紹介する程度の仕事しか、出来ないのだ。

自分自身で自分を救えない人間は「利用されておしまい」だと、私はキャリアアドバイザーの仕事を通す中で、痛いほど思い知った。

しょせん、ビジネスなど「利用するか、されるか」の世界でしかないのだ。

大手の転職エージェントで「本当に向いている仕事を紹介する」のは、無理だと悟る

私は大手人材会社で働く中で「大手の転職エージェントという仕組みでは、利用者に本当に向いている仕事を紹介するのは無理だ」と、嫌でも思い知らされることとなった。

それは、以下のような「自分自身の力ではどうしようもない、あまりに大きすぎる課題」があるからだ。

「メッセンジャー」程度の「誰でも出来る仕事」

転職エージェントのキャリアアドバイザーは、その実は「ただのメッセンジャー」でしかない。

社内の他の営業部が集めた求人情報を、社内の素晴らしい検索システムを使って処理し、どこぞの広告代理店が集めた登録者に紹介するだけの、カンタンなお仕事なのだ。

ハローワークの職員がPCで適当に検索してオススメの仕事を紹介してくるが、あれとなんら変わりない。

ただ、企業が保有している情報量や実績がすごいだけである。

そんな仕組みの転職エージェントで、利用者に本当に合った仕事を紹介するのは、構造的に無理なのだ。

そして、その程度の職場環境で満足しているキャリアアドバイザーの腕など、上がるわけもない。

なので、キャリアアドバイザーでも凄腕の人材は独立していくし、逆に大手の人材会社ではその「メッセンジャー」程度の役割に疑問を抱かない人材だけが、残り続けることになる。

これは良い・悪いの問題ではない。

仕事としてやっていく以上、会社はそういう「理想と現実のバランス」という、シビアな経営判断をしなければいけないのだ。

なので、大手人材会社の転職エージェントほど対応が事務的になるし、逆にベンチャーや個人プレイ重視の外資系などは融通が利きやすい。

(優秀なキャリアアドバイザー・ヘッドハンターは、少数精鋭のベンチャーやフリーランスとして「ビズリーチ」などの、SNS・プラットフォーム型の転職サイトを活用している)

やる気のない利用者に、やる気を引き出させるのは無理

私がキャリアアドバイザーという仕事にうんざりしたのは、やる気のない利用者が多すぎるということだ。

実のところ、登録してから最初の電話対応から面談に行き着く人材というのは、全体で言えば数割程度しかいない。

面談に来る利用者も、その多くは「何がわからないのか、わからない」利用者ばかりなので、キャリアアドバイザーとしても「とりあえず、応募してみましょうか?」と言わざるを得ない。

何もわからない者同士が、大企業の作ったルールやマニュアルに従って動いているだけで、ただの茶番劇もいいところなのだ。

考えてもみれば、転職エージェントを利用するのは「転職活動の仕方がわからない」「何をすればいいのかわからないので、他人に頼っている」という、ふわふわした人間が多くなるに決っている。

自分一人で転職活動が出来ないような人間だからこそ、転職エージェントにすがるのである。

事実、広告・マーケティング面でも、そういう売り込み方をしている。

だが、大手人材会社の転職エージェントのキャリアアドバイザー全員に、その売り込みや広告に見合う能力があるかと言えば、そうとは言い切れない。

やる気のない人材やモチベーションの低い人材に、一から丁寧にサポート出来るほど、キャリアアドバイザーも暇ではない。

もちろん、私としてはそういう人間にこそ、親身対応して転職を成功させてほしいという思いがあった。

しかし、その熱意のほとんどは、無駄になることが多かった。

親身に対応した利用者でも、突然の音信不通はよくある。
サポートだけ受けておいて、他社で内定決定しても、感謝すらされない。
あるいは、某匿名掲示板での実名での批判をされることもあった。

まさに「恩を仇で返される」とも言うべき、この世の真理を見た。

思えば、これが私がキャリアアドバイザーを辞めた、最大の原因かもしれない。

スコシテン編集長との出会い

そうして、私はキャリアアドバイザーを辞めて、野をさまようことになった。

もはや、卑しい人売業界に居座り続けるつもりはない。

もっとこう「本当に、利用者に最高の仕事を与える存在」になりたいと思ったからだ。

そのことを友人に相談すると「そういや、ニートの友人がいるから、そいつに仕事紹介してやってよ」などと言われた。

その頃の私は心がすさんでいたので「人生ナメたニートに、オレのつらい仕事の経験談でも聞かせて、説教でもしてやるか…」と、思っていた。

「ようこそ、無職の世界へ」

しかし、そんな私の荒んだ心は、一瞬で吹き飛ばされることになる。

そのニートは出会って開口一番、衝撃的な一言を放ったのだ。

「ようこそ、無職の世界へ」

満面の笑みで開口一番そう言い放った彼は、目は決して笑っていなかった。

まるで、私の心の奥底を見透かすように「やあ、君もこっちの世界に来たんだね」と睨みつけているのだ。

そして、私は瞬時に悟った。

自分は正社員として働いていたにも関わらず「何一つ成し遂げられかった、負け犬だ」と。

…同じじゃないか。

正社員も非正規社員もニートも、みんな一緒じゃないか。

何一つ成し遂げられないまま、無力に大きな敵を相手に、ずっと負け続けるしかないんだ。

スーパー懺悔タイム

日本には「懺悔(ざんげ)」の習慣がない。

他宗教から都合の言い分だけを抜き取ってっていることからも、いかに日本人が「都合のいい現実」しか見ていないかが、わかる。

自分の罪や過ちを顧みることのない日本人は失敗から学ぶことが出来ないし、自分の非を認めずに反省しない図太い人間ばかりが出世するように出来ている。

スコシテン編集長の人生の目的とは「すべての社会人に、懺悔させる」ことにあるという。

私も説教する気満々で望んだにも関わらず、逆に懺悔させられる結果となった。

まるで、坂本龍馬が勝麟太郎を斬り捨てるつもりで会いに行って、逆に取り込まれてしまったように…だ。

「転職なんて、会社裏切る背信行為でしょ?それを促す仕事なんて、誰がどう言おうが”悪”だよ。何、いまさらキレイゴト言ってんの?とぼけてんじゃねェぞ。手を汚すのであれば、最後まで徹底的にやれよ」

まさに、その通りだ。

自分の心にもない言葉でカウンセリングを行い、自分の足で調べたわけでもない求人情報を、さも求職者の天職であるかのように錯覚させ、無理やり取引先企業にねじ込むだけの、胸くそ悪い仕事だ。

「お前は、ただ自分の”罪の重さ”に耐えられず、辞めただけだ」

そうか。

心の中にあった「もやもや」や「わだかまり」は、他でもない”罪”だったのか。

私の心は少しだけ、楽になった。

大企業勤めのキャリアアドバイザーとしてカウンセリングで誰一人救えなかった私は、何の取り柄も肩書も実績もない、得体の知れない「どこぞの馬の骨みたいな無職」に救われてしまったのだ。

そして、伝説へ…

しかし、それだけで話は終わらない。

人類は何度も何度も同じ過ちを繰り返し、歴史から学ばず、一向に成長しない。

スコシテンの教義では「罪の意識に苛まれながら、それでも進み続ける必要がある」と説かれている。

人は、終わり続けるからこそ、始まり続ける。

つまり、何も終わらせられない人間は、何も始めることが出来ないのだ。

そして、1人のニートがこう言った。

「終わらせたくないか?大企業と経団連の奴隷と化した、退屈な日本の人材市場を?」

その時、歴史が動いた。

―――スコシテン、誕生の瞬間である。

そうして私は、元転職アドバイザーとして、スコシテンの専属ライターとして抱えられることとなった。

私にとって、転職について書くことは贖罪であり、挑戦でもあるのだ。

―――大手の人材会社で働けば、世のためになると思っていた若すぎた自分に対して。
―――人材会社の利益主義に屈して、多くの利用者を傷つけてきた未熟な自分に対して。
―――会社に変革をもたらすためにチャレンジさえせず、逃げてしまった自分に対して。

私の傷だらけの夢と、ちっぽけな人生経験でも、確かに救える人がいる。

仕事という罪に囚われ行き場を亡くした私は、ライターとしての仕事を与えられることで、自分の意志を取り戻したのだ。