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何をしたって「何も変わらない」虚しさにどう向き合えばいいのか?

「努力しても、行動しても、何をしても―――何も変わらない」

否が応でも変化を余儀なく求められる、こんな時代。

ふいに「いつまで経っても変わらない自分」に、嫌気がさすことが、よくある。

「今まで、自分はどれだけのモノを積み上げてきたか?」
「自分はどれだけ他人に誇れる功績を残してきたか?」
「自分は同世代の人間と比べてどれだけ先に進んでいるか?」

そう考えた時に、途方に暮れるぐらいに「何も変わっていない」事実に気づく。

そして、その「変わらない自分」というのは、時に世間からの批判の的になる。

たとえば「まだ結婚してないの?」だの「まだあの会社で働いているんだ…」だの「いい歳なんだからもっと健全な趣味を持て」だの、さも「変わることが当たり前」という要求を、容赦なく突きつけてくる。

まるで「変わらないことは罪だ」とでも、世間が言っているような錯覚を覚える。

―――そして、今日もまた「いつまで経っても変わらない自分」に嫌気が差して、ただただ虚しくなる。

この「変わらない自分」という苛立ちを和らげる方法はないのか?

…多分、ある。

気づいていないだけか、あるいは目をそらしているだけ。

「変わらなきゃいけない」という焦燥感に煽られる時代

「IT時代で変化が目まぐるしい、新しいことに挑戦し続けろ!」
「環境が変わると人は変わる」
「着るものや生活が変わると、人生が豊かになる」

こんなキャッチフレーズで、変化とは無縁の出版業界やテレビ業界が毎日煽り続けている。

…確かに、変わらないといけないかもしれない。

変われば「幸せ」とやらが、手に入るかもしれない。

だけど、オレは変わりたくない。このままでも結構幸せなんだから。

そんなことは口には出せないし、認めたくない自分もいる。

何より、社会がそれを望んでいない。

相変わらず世間は「変化しないといけない」だの「若いうちに成長しなければいけない」だの、無責任に言い放つ。

そして、どいつもこいつも「変わっていく自分」ってヤツを、自慢げに誇示する。

「うらやましいだろ?」
「私みたいになりたいでしょ?」
「勇気を出して、君も変わろう」

どこかで見たことあるような「変わらない連中」が、変わることを煽り続けているのだから、現代社会は生きづらくもなって当然だ。

「自分を変えよう!」というポジティブ自己啓発がうざい…

何より「何も変わらない虚しさ」を助長させるのは、薄っぺらいポジティブシンキング自己啓発がちまたにあふれていることだ。

これについては「経済成長頭打ちの国だと、精神的な幸せが重要な時代~」だの、流行るための背景がある。

もちろん、自己啓発本自体に書いてある理屈自体は、学びも気づきもある。

…だが、それがなんだ?

似たような境遇の人間(たとえば「同じ年齢で成功した人間」など)が自己啓発をきっかけに変わったところで、他人はお前にはなれないんだ。

そりゃあ、自分が変化して、充実して、うれしい気持ちは、わかる。

それを広めたい気持ちも。

だけど、多くの人はそんなことを望んではいない。

誰かが成功して変わったところで、他人が変わるわけじゃないんだ。

「幸せを他人に分かち合いたい」という建前は、到底理解出来ない。

そんなものは、格差が進む現代においてはお節介にしかならない。

自分が変化して幸せになったからと言って、他人もそうなれると思ったら大間違いだし、そうだと信じているなら、それはただの”傲慢”だ。

ポジティブシンキングも、自己啓発も、所詮は「強者の理屈」でしかない。

そりゃあ、成功した人間が結果論的に「こうしたら幸せになれる」と言えば、それが正解になるのは当然だ。

しかし、それは特定一個人の正解でしかなく、大多数の人間の正解にはなり得ない。

SNSもブログも何もかもが、うざい

現代人が「変わらないといけない」という焦燥感に追われているのは、メディアのせいだ。

テレビの登場以後、嫌でも「誰かが成功して上手く行っている情報」が目につくようになった。

そして、ネット普及後は「自分のような一般人が上手く行っている情報」が目につくようになった。

狭いネットの世界で「勝った・負けた」「成功した・失敗した」「勝ち組・負け組」だの、毎日言い争ってやがる。

他人が成功しようが失敗しようが、知ったことではない。

なんせ、オレの生活にはなんの実害も影響もないのだから。

…だと言うのに、なぜかそれに踊らされ続ける人間がわんさかいる。

「お前もネット起業で一発当てろ」だの「SNSブランディング時代で誰にでも輝く時代がある」だの「これからは個人での情報発信の時代」だの、言うのも信じるのも勝手だ。

だが、他人にそれを押し付けるのは、ただの迷惑でしかない。

誰もが有名人になりたいわけではないし、成功や変化を望んでいるわけでもない。

だのに「変化しない奴は罪」だとも言いたげに、毎日のように煽ってくるから、そのうち「自分も変わらなければいけない」という錯覚に陥ることになる。

(この心理状態に陥っているというのに、性懲りもなくスマホやテレビに”救い”を求めている現代人は多いことだろう。それを人は「依存症」と呼ぶ…)

結果至上主義の世の中は、待ってはくれない

だが「この変化の激しい時代、変わらなければ生き残れない」というのは、ひとつの事実だ。

…いや、正確には「事実に思える」か。

そして「現代人は忙しい」らしい。

それも一重に、現代社会が「結果至上主義」になってしまっているからだろう。

今の時代を生きていると、若いうちに目立った結果を出さなければ、いけないような錯覚を覚える(仕事、結婚など「劇的に変わった」という結果を)。

そして、それが世間全体に蔓延しているから、現代人は余裕がなくなる。

実際、今や就活生ですら「学生時代に成績以上の手柄」や「自己アピール力」「コミュニケーション能力」とやらを求められる。

中途採用者なら、それこそ「即戦力」だとか「会社に変革をもたらす」など、あまりに高すぎる能力を求められる。

そんなに優秀で何かを変える偉人みたいな人間、たくさんいてたまるものか。

9割以上の人間は「凡庸で何も変えられない、せいぜい周りの人を少し幸せにしたり、特定の人間に役に立つ仕事をこなす」程度で、精一杯なのだ。

それだけでも、十分にすごいはずなのだ。

だのに、メディアは愚か、メディアに流される人間たち(同僚、上司、親、友人、恋人)が「理想のスーパーヒーロー」みたいな人間を、一般人にも求めだすから、始末に負えない。

「変化」と「保守」のダブルスタンダードがはびこる世の中

なんと言っても「変わらなければいけない」という強迫観念がバカバカしいのは、大して日本も変化していない保守主義な会社や人間ばかりなところ。

逆説的に言えば、自分が変わらないからこそ、他人に変化を求める人間が多いと言える。

大企業が「個性を!」だの言いながら、高学歴の面接でテンプレ回答を言えるような保守的な人材採用をしているのと同じだ。

他人に変化を求めておきながら、自分は変わらない人間は実に多い。

それも「忙しいから」「もう歳だから」「自分の専門じゃないから」だの、変わらない理由をつらつらと並べることにかけては一人前だ(皮肉にも、社会人経験を積むと「自分がやらない理由」は必然的に上手くなる)。

これは組織としてのジレンマでもあるが、無自覚なダブルスタンダードでもある。

「”変化しろ”などとは、自分が変わった上で言え」

変わることは重要だが、変わった先に何があるかは、しっかり考えておく必要がある。

現代社会においては「口先で指示するだけ、人が変わることなど当たり前」と信じ込んでいる輩が大勢いるからだ。

そういった人間相手に変わってみせようが、何の見返りもくれないのが、常だ。

ただし、やっぱり「変わらなきゃいけない」のは間違いない

だけど、社会がどうのこうの言ったところで、現実として「変わらなければいけない」という願望が渦巻いている以上、やはり変わる必要はあるのだろう。

今の時代、変わらない人間に居場所などない。

…だったら、カメレオンのように色を変え続ければいい。

本当の自分なんか、わからなくなるぐらいに。
社会にとって「一番都合のいい人材」になるように。
周りの人間にとって「好印象で付き合いやすくて仕事も出来る人間」に。
会社の中で保守派の心情を汲みながらも「変革をもたらす」ことが出来る人材に。

自分なんか、どーでもよくなるぐらいに変わり続けてやればいい。

それが社会の求めている「現代の理想の人材」ってヤツだから。

「滅私奉公」「八方美人」「器用貧乏」と言われようが、上等じゃないか。

社会は「個人の幸せ」だとか「本当の自由」だとか、そんなものは望んでいない。

人間の尊厳など投げ捨てて「誰かの求める理想の自分」を演じ続けることこそ、現代人に課せられた宿命だ。

「変わる」というのは、結局はそういうことなんだ。

「自分らしさ」なんてものとは、真逆の位置にこそある。

「今のままじゃダメかなって思った時はもう、変わり始めてるから」

だが、人間そう簡単に割り切れるほど強くはないし、簡単に変われたら誰も苦労しない。

人が変わるには時間を要する。

だから、ひとつだけ覚えておいてほしいことがある。

哲学的な話になるが「”変わりたい”と思っている段階で、すでにあなたは変わり始めている」と断言しておく。

今のままじゃダメかなって
思ったときは もう
変わり始めてるから。

by 北条そふぃ/プリパラ

もちろん、内面の思考や考え、知識だけでは「自分は変化している」とは言えないかもしれない。

―――果たして、そうか?

前述の通り、今の世の中は変化することを執拗に求めてくる。

確かに行動して、かつ結果を残さなければ「自分は変わっていない」と思われるだけ。

だが、少し冷静に考えて欲しい。

他人に「変わったね」だの「すごい!」「いいね!」だの言われるために、あなたは変わりたいのか?

もしそうだとするなら、やはり、がむしゃらに行動してみるべきなのかもしれない。

だが、そんなものは一時的な評価に過ぎず、おそらく本質はそんなに変わらないものだと思う。

貧乏人が高級ブランドまとったって、金持ちになれるわけがないのと同じだ。

身分や実力に不相応な”行動”は、かえって身を滅ぼす結果にしかならない。

…だとするなら、答えは単純だ。

悩みに悩み抜いて、今自分がすべきことややりたいことを、見つけ出せばいいだけだ。

少なからず、今のこうしてこの文章を読んでいるあなたは、前の自分よりも選択肢も考え方も広がって「変わり始めている」のだから。

今の自分に対して真剣に悩んでいるのであれば、それは進んでいるのと同じだ。

無理に変わる必要はない、自然に変わればいい

正直、あまりに現代人は「変わること」や「結果を出すこと」に焦りすぎている。

もちろん、焦る気持ちは必要だが、それと同時に落ち着きも必要だ。

何度も言うが、人間はそう簡単には変わらない。

自分の意志の力だけで人が変わると思っているのであれば、それはただの傲慢だ。

人間も所詮は”自然の一部”。

文明の利器で多くのコトが変わったかもしれないが、人間の本質は昔からさほど変わっていない。

スマホは毎年のようにモデルチェンジするかもしれないが、人間はそうではない。

自分の力で変えられることと、そうでないものが存在するのだ。

…だから、自分の力でどうにかなることを、毎日着実にこなしていけば、それでいいじゃないか。