非定型うつ病は甘え?新型うつ病はクズ?克服して社会復帰する方法は?

みなさまは「新型うつ病」という言葉はご存知でしょうか。別名「非定型うつ病」「現代型うつ病」「ディスチミア親和型うつ病」などとも言われています。当記事は精神医学の見地を含まない独自見解になりますので「新型うつ病」と称して、ご紹介していきます。

「新型うつ病」は精神医学でも見解の別れている症状ですが、おおむね以下のような特徴を持ちます。

・新型うつ病の特徴

  • 将来に希望が持てず、頑張れない(無気力)
  • 目標設定ができず行動に移せない(行動力がない)
  • 怒られただけですぐに辞めてしまう(打たれ弱さ)
  • 「自分はうつ病だ…」とすぐに受け入れてしまう(思い込みが激しい)

これらの症状は他社からすれば「精神(メンタル)の弱い人」「甘えた人」「わがまま」「軟弱者」とも受け取られがちな性格傾向であり、精神医学の分野でも見解が別れているため周囲からの理解の得られにくい症状でもあります。

ざっくり言えば「めんどくせー」「どうせ頑張っても報われない」「自分なんて…」という感じの無気力な性格傾向だとご理解していただけるといいでしょう。

「新型うつ病」を理解する場合に大事になるのは、この「性格傾向である」という有識者の認識にあるように思えます。

新型うつ病(しんがたうつびょう)、あるいは、現代型うつ病(げんだいがたうつびょう)とは、従前からの典型的なうつ病とは異なる特徴を持つものの総称であり、正式な用語でもないが意味が独り歩きし、専門家の間でも一致した見解が得られていない。従来のメランコリー親和型の性格標識を持たない患者を指すことが多い。

日本うつ病学会による診療ガイドラインにおいても、深い考察も治療の証拠もないためとりあげないとしている。

出典:新型うつ病|Wikipedia

非定型うつ病。別名「新型うつ病」と言われることもあります。
ただこれ、診断は非常に難しく、もちろん性格的な問題の可能性もあります。
実際、精神科の中でも、これに関して意見は分かれています

出典:【マンガ】新型うつ病/非定型うつ病 【新宿の心療内科】ゆうメンタルクリニック | 新宿/心療内科/ゆうメンタルクリニック 新宿駅0分 精神科・東京・カウンセリング

「新型うつ病」が精神医学の見地で病気か否かの議論はひとまず置いておきます。この記事では「性格傾向」「本人の性格の問題である」と仮定した上で、現代の若者が新型うつ病を乗り越えていくためのヒントを考えていきます。

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「新型うつ病」は”現代の若者”の症状であるという認識

「新型うつ病」の原因や正体を紐解くにあたって重要となるのが”現代の若者特有の症状”という有識者たちの見解でしょう。

とくに従来型のうつ病である「メランコリー親和型」と新型のうつ病と呼ばれている「ディスミア親和型」の症状・傾向を比較してみることが「新型・現代型」と呼ばれるゆえんを紐解く鍵となるでしょう。

【メランコリー親和型】

年齢層:中高年層に多い。
性格や気質:秩序を重んじ、配慮的で几帳面。仕事が熱心で規範を好み、社会的役割への愛情がある。メランコリー性格や粘着気質がある。
病的変化:罪悪感と疲弊感、焦燥と抑制、自殺企図が常にある。
治療と経過:初めはうつ病に抵抗感があるが、次第に認知して役割意識をもつ。
薬物効果:比較的に良い。
認知と行動:病気による行動の変化が明らかになり、役割意識を獲得する。
予後:服薬と休養で軽快しやすい。

【ディスチミア親和型】

年齢層:若年層に多い。
性格や気質:秩序に対して否定的。規範に対して抵抗する。自分自身に愛着がある。ぼんやりした万能感。あまり仕事熱心でない。退却傾向と無力感。
病的変化:他者への避難。回避と他罰感情。不全感があり倦怠感がある。衝動的な自傷や軽い自殺への思い。
治療と経過:初めから診断に協力的。その後うつ症状の有無に固執しがちとなり、慢性化することも。
薬物効果:部分的な効果に終わる。
認知と行動:行状において、それが生き方なのか症状なのか分かりにくい。
予後:環境の変化で急速に改善することがある。

出典:姫路 心療内科|前田クリニック うつ病の診断基準(2/4)

こうして比較してみると「メランコリー親和型」と「ディスミア親和型」は真逆の要素を持つ部分も多く、とくに性格や気質に関しては真逆の傾向を持つと言ってもいいぐらいです。

つまり、中高年層の価値観・社会通念、あるいは従来の精神医学・心理学の領域では理解できない症状なのでは?…という仮説も浮かび上がってくるのです。

さらに言えば、当事者・他者に関わらず、勝手に「うつ」だという話で盛り上げているだけで、実はまったく精神医学の範疇ではなく、シンプルな心や考え方の問題でしかないのでは?…と、逆に考えてみる必要があるわけですね。

要は「うつ病」「臨床心理学」だの難しい話を持ち出してややこしくしているだけであって、根本的な原因は実に単純なところにあるのかもしれないのです。

ですので、私はあえて「新型うつ病は病気でもなんでもなく、実は簡単に乗り越えられる」と大胆な主張で話を進めていくことにします。

「新型うつ病」が”現代の若者”特有の症状だという誤認

そもそも「新型うつ病は現代の若者特有の症状」というのが、大きなご認識です。もちろん「新型うつ病」という言葉が生まれた通り、母数が多くなっている事実は否定できません。しかし、新型うつ病が”最近の若者限定”であるかどうかと聞かれれば、答えはNOと言わざるを得ません。

その事実を理解できるのが、有害図書としても有名な「完全自殺マニュアル」の冒頭文とあとがき文でしょう。著者が「その他もろもろの営業上の理由で、一応ゴタクを書かなければいけない」と言っている通り、近代史の事件や社会現象から「時代に閉塞感を感じる若者の心理や現象」がざっくりとまとめられています。

【若者たちが無気力になる理由】

「若者たちはなぜ死に走るのか?」なんてずーっと前から、何回も何回も何回も何回も言われてきた。そのたびに、たとえば70年代なら「三無主義」とか「シラケ世代」みたいなことが結論めいて言われてきた。最近の流行(1990年代前半)は「死に対する感覚が、それまでの世代とは根本的に違ってきた」だけだ。

【世界の終わりを望む少年・少女】

80年代が終わりそーなころ、”世界の終わりブーム”っていうのがあった。「危険な話」が広まって、いちばん人気のあったバンドがチェルノブイリの歌を歌って、子供のウワサはどれも死の匂いがして、前世少女たちがハルマゲドンにそなえて仲間を探しはじめた。僕たちは「デカイのがくるぞ!」「明日世界が終わるかもしれない!」ってワクワクした。だけど世界は終わらなかった。原発はいつまでたっても爆発しないし、全面核戦争の夢もどこかに行ってしまった。アンポトウソウで学生が味わったみたいに、諦観しているだけの80年代の革命家は勝手に挫折感を味わった。

【つまんない時代に生まれたものだ】

「つまんない」なんて言ってもしょうがない。僕たちは運悪く歴史のそういうステージに生まれついてしまったんだから。

【戦いのない時代は憂うつだ】

三島由紀夫は自伝的小説『仮面の告白』のなかで、「戦争より『日常生活』のほうが恐ろしかった」って書いた。

【「人の命は軽い」とみんな気づいている】

むかし「人ひとりの命は地球よりも重い」なんて言った裁判官がいた。だけどこれはくだらない誤解だ。70年代にふたりの女子高生(「あみだくじ事件」の双子の姉妹)がとっくに気づいていたように、人ひとりの命は軽い。

【僕たちは社会の歯車だ】

50年代末ににアメリカの大衆社会論者が、「大衆は無力感に陥った原子のようなものだ」って言った。70年代末にイギリスのロックバンドが「僕たちは壁の中の1個のレンガだ」って歌って大ヒットさせた。90年代になったからって、少なくともこの日本じゃ、状況はなにひとつ変わっちゃいない。相変わらず僕たちは、無力な壁のなかの1個のレンガだ。

【先なんかたかが知れている】

エスパーじゃなくても、だいたいこれからどの程度のことが、世の中や自分自身の身に起きるのかもわかってる。「将来、将来!」なんていくら力説してもムダだ。あなたの人生はたぶん、地元の小・中学校に行って、塾に通いつつ受験勉強をしてそれなりの高校や大学に入って、4年間ブラブラ遊んだあとどこかの会社に入社して、男なら20代後半で結婚して翌年に子供をつくって、何回か異動しや昇進してせいぜい部長クラスまで出世して、60歳で定年退職して、その後10年か20年趣味を生かした生活を送って、死ぬ。どうせこの程度のものだ。しかも絶望的なことに、これがもっとも安心できる理想的な人生なんだ。

【終わりに】

まえがきでは「現代社会と自殺について」みたいな大仰ば文章を書いてしまったが、じつはあれは文字どおり取ってつけた話だった。

【閉塞感を打ち破るために】

だからこういう本を流通させて、「イザとなった死んじゃえばいい」っていう選択肢を作って、閉塞してどん詰まりの世の中に風穴を明けて風通しを良くして、ちょっとは生きやすくしよう、ってのが本当の狙いだ。

出典:『完全自殺マニュアル』鶴見済 ※有害図書指定

ちなみにこれらの社会論考を読み解くにあたり、作者が”あれは文字どおり取ってつけた話”と最後の最後にタネ明かししているのが、非常に重要なポイントです。

・時代に閉塞感を感じる若者はたくさんいた。

・それを「〇〇主義」「〇〇世代」などと、ひとくくりにして”臭いものに蓋”をしようとするナントカ論者やナントカ学者もたくさんいた。

・あるいは「世界が終わる!」「僕たちは社会の歯車だ」と若者の無気力感を煽って人気を得るカリスマもいた。

この三者の存在がどの時代にも存在したという事実こそ、現代の若者特有と言われる「新型うつ病」の正体を解き明かす鍵となることでしょう。勘のいい人はもうお気づきでしょうが「最近の若者には”新型うつ病”が多い」というのは文字どおり”取ってつけた話”です。

たとえば、犯罪者が事件を起こすたびに専門家が「こういう背景があった」などと考察し、時には「アニメオタクだから」「無職だから」などと、さも正しいことのかのように主張していますよね。

多くの大衆は、理解できない相手を「〇〇だから」と理解したがります。あるいは、自分に自信がない人も「自分は〇〇だから」と認識することで”心が楽”になるわけです。

つまり、現代の若者の価値観を理解できない世代が「新型うつ病」という症状で若者たちを”わかった気になる”ため、あるいは若者が「なぜ自分は上手く行かないのか?」という原因として”新型うつ病だからという理由を得るため”に、非常に都合がよい”言葉=症状”として「新型うつ病」が機能するわけです。

「新型うつ病」の原因は情報化社会にあるのでは?

ちなみにWikipediaでも端的に「医学用語としての本来の意味と離れて、マスメディアなどの影響で新型うつ病という言葉が独り歩きしている」と書かれていますが、実は「新型うつ病」とはマスコミなどの情報媒体が作り上げた架空の病気だと考えることもできるのです。

「新型うつ病」の正体とは、実は「大衆=マス」という抽象的かつ曖昧な存在にあるのではないのでしょうか。先ほど挙げた「完全自殺マニュアル」の冒頭にも、そのヒントが隠されています。

50年代末ににアメリカの大衆社会論者が、「大衆は無力感に陥った原子のようなものだ」って言った

大衆文化の登場に先がけて、既にアメリカでは「大衆は無力である」と見抜かれていました。これは現代における民主主義・大衆文化においても、まったく同様でしょう。たとえば、良識ある大人が語る「正しい将来の生き方」というのも、ひどく大衆的で時に無力感を与えます。

エスパーじゃなくても、だいたいこれからどの程度のことが、世の中や自分自身の身に起きるのかもわかってる。「将来、将来!」なんていくら力説してもムダだ。あなたの人生はたぶん、地元の小・中学校に行って、塾に通いつつ受験勉強をしてそれなりの高校や大学に入って、4年間ブラブラ遊んだあとどこかの会社に入社して、男なら20代後半で結婚して翌年に子供をつくって、何回か異動しや昇進してせいぜい部長クラスまで出世して、60歳で定年退職して、その後10年か20年趣味を生かした生活を送って、死ぬ。どうせこの程度のものだ。しかも絶望的なことに、これがもっとも安心できる理想的な人生なんだ。

「先の知れた人生」とは安心感を与える一方で「人生なんてこの程度のもの」という、閉塞感をも与えるわけですね。とくに情報化社会で「生き方」「将来」がわかりきった若者にとって、これは耐え難き苦痛でしょう。

こういった「大衆=マス」あるいは「平均」「普通」と言った概念は、私達の心に常に住み着いています。「平均」「普通」という概念は実在しないにもかかわらず、たしかに私達の頭の中には存在しているわけですね。

「平均的なサラリーマン」
「普通に生きて普通に結婚して普通に死んでいく人生」

マスコミのみならず、学校教育や家庭教育でも当たり前に学ぶ「普通」ですが、実はこれは普通ではありません。むしろ現代においては恵まれた環境と運、そして人並み以上の努力がなければ獲得できないものだと言えるでしょう。…のも関わらず「出来て当然」という考えが相変わらず世間にはびこっている。

実はこの「普通」「平均」を目指さなければならない…という固定観念こそが、時代に閉塞感を与える一因なのです。

とくに無宗教(=生きるための指針=”神”)の存在しない日本人は、曖昧模糊でマスコミや教育、最近ではネット・SNSで都合よく変化し続ける「普通の人物像」「平均的な人物像」を追いかけなければいけなくなったわけです。

そして「自分は普通・平均にすらなれない」という諦観が、時代への閉塞感をとなって「新型うつ病」と呼ばれる現象を生み出すことになるわけですね。

新型うつ病は「”普通”という理想」が生み出す呪い

言葉を変えてみましょうか。

「普通」「平均」という言葉の正体は「理想」だとも言い替えられるのです。

たとえば「持ち家を持って結婚し、定年退職まで働く」という”普通の生き方”でさえ、実は”普通ではなく誰かの理想”でしかないのです。にも関わらず「普通=誰かの理想」を追い求めなければならない。

もしあなたが「時代に閉塞感を感じる」「自分は新型うつ病だ」と感じるのであれば、無意識に”普通でなければならない”と思い込んでいるのではないでしょうか。

都合よくマスコミや社会の中で移り変わる「普通の人物像=誰かの理想の人物像」を追いかけていては、それもう心は疲れてしまいます。なぜなら、あなたは常に理想を追い続けているわけですから。それも実態のない、決して到達することもない「普通という理想」を。

「新型うつ病」は”ただの思い込み”

ここまでそれらしく頭の良い有識者っぽく語ってきましたが、

新型うつ病なんてただの思い込みじゃねえか!!!!!!

…という、シンプルな主張がしたかっただけなのです。頭の良い人ほど理屈や理論にこだわりがちですが、答えはいつもシンプルなところにあるんです。

「普通に生きなければならない」
「平均的な人物でなければならない」

…という思い込みは、実は「誰かが作り上げた”理想の自分”でなければならない」という思い込みと同義なのです。ですので、自分では「普通を追い求めている」という意識にも関わらず、結果としては「理想を追い求めている」という完璧主義・理想主義者のような状態に陥ってしまうわけですね。

そして、根本問題として「”普通=理想”でなければいけない」という潜在意識に行動が縛られているため、普通(理想)の方法で、普通(理想)の会社に就き、普通(理想)の人生を歩まなければいけないと思い込み、普通(理想)から外れた時に立ち直ることができなくなるわけですね。

「新型うつ病」を自称する人に向けるべき言葉は「頑張れ」「甘えるな」などではありません。

あなたは”普通ではない”。
”普通以下の存在”だ。
そして”普通”とはただの”理想”でしかなく、永遠に”普通”になど到達できない。

「どうあがいても普通にはなれない」ということを理解し、真の自分を見つめ直さなければ「目的のために努力する」という段階に至れないわけです。

これは「新型うつ病」「無気力な若者」に限らず、大衆・情報化社会で「普通・平均的な人物像」という抽象的なイメージがもたらす、ひとつの弊害ではないでしょうか。

「新型うつ病」を始めとした「普通・平均」というマスコミやネットなどの情報媒体の発信する無責任な言葉に依存せず、自身の経験や考えから己の生き方や自我を見出すことこそ、時代の閉塞感を打ち破る第一歩なのです。

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