「哲学とは何か?」をわかりやすく解説!哲学ってどうやって使えばいいの?

編集長
スコシテン編集長でござりまする

このサイトの元ネタは「すべて哲学」です(ネタバレ)。

「神を殺してしまった」ニーチェとか。

「二律背反の真実を突き詰めた」カントとか。

「すべてを疑う」デカルトとか。

「思考を停止させた」フッサールとか。

大変参考にさせていただいております。(こうして並べてみると中二的だな!)

別にアカデミックに勉強したわけじゃなく、適当につんどくして「こいつら、頭おかしいよ!(歓喜)」と好き勝手に解釈・研究して、現代語訳に還元しているだけです。(これが非常に哲学的)

ちなみに「文章を書く」という行為は、意識の高い横文字で言えば「アウトプット」とも言われていますが、私は「還元」という言葉が一番好きです。

世のあまねく知識・思考・情報の類は、人間の実生活に還元できてこそ、初めて役に立つのですから。

…話が逸れましたね。

「哲学をわかりやすく解説してほしい!」
「哲学ってどう役に立つの?」

そう思われている方も、多いはずです。

先に答えを言うのであれば「わかりやすい哲学なんて役に立つわけねーだろ!」なのですが、それを言っては元も子もありませんよね?

というわけで「哲学とは何か?」を世界で一番わかりやすく解説していきたいと思います。

哲学は何に役に立つのか?

まず「哲学は何に役に立つのか?」と問われれば、私の見解では以下の通り。

  • 存在の意味を「メタ的」に認知できる(神視点・合理主義)
  • 「ボクの考えた最強の生き方」がポンポン思いつく(生き方)
  • 批判の天才になれるので、あらゆる常識をぶっ壊せる(批判家)
  • その気になれば、神様だって殺せる(神殺し)

ちなみに、これを反転させると以下のようになります。

  • 存在の意味を「主観的」に認知できる(自分視点・経験主義)
  • 「生きていることはくだらない」とすべての価値を無に帰す(無常観)
  • 肯定の天才になれるので、あらゆる存在を褒め殺せる(肯定家)
  • その気になれば、神様だって作ってみせる(神の創出)

哲学の性質上、一度考え抜いて理解したことに逆説を展開するのは比較的容易ですので、反転すれば「逆の使い方」も可能です。

人間は考える葦だ」と言われたら「哲学的ゾンビ」をぶつけてやればいいだけです。

…と言われても、哲学に疎い方は「なんのこっちゃ…?」という感じなので、より実用的な還元例をご紹介しておきます。

主な哲学の実用例

  • キャリアの自己分析や志望動機(主観→客観への論理展開)
  • 悩みの解決(カウンセリング・心理学への応用)
  • 企業理念や目標設定に流用可能(精神論全般)
  • 経済学や心理学、統計学も「根は哲学」
  • 数学も科学も物理も「哲学」(相対性理論とか)
  • 芸術・クリエイティブ領域も「哲学」

はい。

このように世の中のすべての「頭を使うこと」「考えること」「答えのないこと」に流用可能ですね。

私自身、当サイトで「生き方」「キャリア」「転職」をテーマに扱うにあたって、哲学の有用性に気づいて、非常に驚いております。

そこで改めて「哲学とは何か?」をまとめ、読者の気づきにしていただこうというのが、この記事とサイト全体の新たな試みでもあります。

(「多分、失敗で終わるだろうな…」という予感しかありませんが…)

「哲学とは何か?」という哲学的命題

哲学の面白いところは「哲学とは何か?」自体が哲学的命題(テーマ)になってしまうところです。

「哲学とは何か?」という答えを自分で見つけ出す課程こそが「まさに哲学的」であると言えるのです。

…が、それじゃあ解説にならないので、一応「哲学とは何か?」という問いに答えを示しておきます。

私は「哲学自体にはまったく意味はなく、哲学の思考法自体にこそ価値がある」と解釈しております。

別にニーチェも「神は死んだ!キリスト教を信じるな!」と言いたいのではなく、その論理や課程自体が、キリスト教への問題提起や認知の歪みを正すように機能しているのです。

というわけで、同様の方法で私も「哲学とは何か?」に、読者に気づかせたいと思います。

哲学は「答えのないもの」に答えを見つけ出す挑戦

哲学とは「答えのないものに、答えを与える学問」であり、非常に挑戦的な学問だと言えます。

哲学では、よく「本当に自分は生きているのだろうか?」という類の問いに悩むことになります。

自分が存在していて、確かに生きているのなんて、まず疑いようも事実です。

しかし、これをいざ言葉や論理で証明しようとなると、どうにも説明できないことがわかってきます。

逆の視点で「自分が死ぬということは、どういうことなのか?」という問いも、答えが出ません。

「いつか死ぬんだろうな…」とわかっていても、死を経験する瞬間までは、本当の意味では理解できません。

こういった「考えてもわからないこと」に挑むのが、哲学なのです。

そして、考えても答えが出ない問いに挑戦するので、敗北が約束されている学問でもあるのです。

この指摘自体、哲学の歴史の中で何度も論じられております。

つまり、哲学者は「無用な議論だ」とわかった上で、あえて無謀な思考の探求に挑戦しているのです。

また、私はこうも定義しております。

「人間の不完全さを、受け入れる学問こそが”哲学”だ」

すべての学問は「現段階で限りなく正解に近い理論」であり、それ自体の絶対的な正しさや合理性は証明できません。

どこかの権威や有識者に認められれば、それが「大多数にとっての正解」となるだけなのです。

厳密には「正しい」「正解」なのではなく「ある現象に対しての理論を、多くの人が正しいと信じ込んでいる」だけなのです。

ですので、哲学的論法を用いれば、通説を破壊することも可能です。

「天動説」がガリレオの「地動説」によって否定されたことからも、それはわかりますね。

この性質を踏まえると「日本の社会がおかしい!」だとか「正社員という生き方は間違っている!」という主張も、正しいことがわかってきます。

(社会の存在も終身雇用制度も「大多数にとって正しい」だけで、別に正解ではありませんから)

哲学は「課程」にこそ意味がある

以上の前提を踏まえると「答えのない学問に意味があるのか?」と思われる読者もいるかもしれません。

…いい質問ですね。

哲学は「課程」にこそ、意味があります。

哲学が役に立たないのは、答え自体はすでに自明だからです。

前述の通り「疑いようもない事実=考えてもしょうがないこと」に挑戦するわけですので、答え自体はすでに決まっているのです。

じゃあ、なぜそんな不毛なことに頭を悩ませるのでしょうか?

答えは、あえて常識を疑い続けることで、新たな発見が得られるからです。

哲学では「そこまで考えるのか…?」と言うレベルで論理展開されていくので、読むのはかなり疲れます。

が、読み終わると自然と、思考の幅や認識の幅が広がるのが、哲学の面白いところです。

しかし残念ながら、現代人は「課程よりも結果」を求めがちです。

たとえば、悩みを解決するために「一から臨床心理学を学ぼう!」と思うのではなく「読むだけで心が楽になる本」を手に取るのが、大多数の人間の考え方です。

同様に、風邪を引いても市販の薬を飲んでその場しのぎ、生活習慣から予防するという考え方がないのも、忙しい現代人の効率的な選択肢です。

ですので、Googleで検索してすぐに答えを求める現代人からすれば、最も「無用の長物」として不必要とされる学問が哲学だとも言えます。

…が、こと「キャリア」においては、一概に「これが正解!」とは言えない時代になってきているので、Googleも万能ではありません。

私が比較的長文を書く性質なのも「答えではなく”考え方そのもの”」を扱っているからです。

哲学は全学問とあらゆる常識にケンカをふっかける、最凶の学問

哲学の最凶なところは「答えが明らかなことでも論破できる」という性質です。

もともと、答えのないことに答えを見い出す試みであるのですから、答えのないことに他の答えを提示するのなんて、哲学家からすれば朝飯前です。

また「すべてを疑う」ことに特化した学問ですので、疑いの対象は自分の存在だけでなく、既存の学問や社会慣習にも及びます。

これにより、あらゆる学問や常識にケンカをふっかけることが可能です。

哲学史を見ても「宗教」「科学」「社会」など、ありとあらゆる方面にケンカをふっかけているのが、哲学の面白いところ。

ニーチェが「神を殺した」のも、この性質があるためです。

ですが、これは別に「ケンカをふっかけている」のではありません。

「いや、それはおかしいんじゃない?」という問題提起・課題提起なのです。

そして面白いことに、この性質ゆえに「すべての学問を結びつけてしまう学問」としても機能してしまうのです。

人文学はもとより、哲学は科学・物理学にまで応用可能で、時に歴史を動かすのです。

哲学の使い方は自分で考えよう!

ざっくりではありますが、これが私の思うところの「実用を目的としての、哲学に対する理解」です。

今回の解説を、今一度まとめてみましょう。

  • 哲学で論じられている「答え」自体はどうでもいい(答えは自明だから)
  • 哲学は「課程」自体に意味がある(思考法自体に価値がある)
  • 哲学はあらゆる学問を結びつける(批判することで問題点を洗い出せるため)

ま、ある意味「すぐに答えを知りたがる現代人」「すぐに結果を出したがるインプット・アウトプット厨」とは、相容れない学問であることがわかってくるかと思います。

そこらへんの「短期的な成果主義」「実用的な知識にしか興味がない」という風潮に少しでも風穴開けるためにも、哲学をより有効活用していただければ幸いです。

今回の参考文献

読みやすい・わかりやすいので、入門書としてはオススメ。
個人的に社会学者・心理学者も紹介しているのが、哲学史を体系的に理解できるのでナイスチョイス。
日常での使用例も、わかりやすく「哲学がどういう場面で役に立つか?」の気づきになるかも。

やや難解だけど、哲学史全体を踏まえた上で「哲学とはこういう風に展開するものだ」「哲学が追求してきた概念はこういうものだ」とまとめている一冊。著者はノーベル文学賞受賞経歴あり。