仕事で「何が悪いのかわからない」時に知っておきたいこと。仕事でわからないことだらけで悩んでいるなら読んでおこう

仕事では絶対に「わかりません」と言ってはいけません。

ただし、これは日本人特有のジョークやトンチみたいな言葉なので、あまり真に受ける必要はありません。

結論から言えば、

「わかりません」と言うな≠「わからない」と思うな

ということなので、わからないこと自体は全然OKなのです。

社会人は9割がバカで言語能力に乏しいので、こういうワケのわからない通説を考えなしに口にするのです。

今回は言語能力・説明能力の乏しいバカな社会人たちに代わり『なぜ、仕事で「わかりません」と言ってはいけないのか?』を詳しく解説していきたいと思います。

バカな社会人は、これを読んで自分の上司としての説明能力を見直してくださいね♪

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「わかりません」とは責任放棄である

まず「わかりません」という言葉には、社会人として求められる”責任力”を放棄していると感じるバカも多いみたいですね。

「わかりません」という言葉の裏に「わからないので教えてください」「わからないので調べてみます」という意味が含まれていても、想像力の足りないバカは「わからないのでどうしようもないです」「わからないので私に聞かないでください」と、まるで下衆の勘繰りをしてしまうわけです。

テレビでの社長や経営者の謝罪会見を見ておけばわかりますが、

原因の解明にあたり、今後二度とこのようなことが起きないように努めてまいります

という、要約すれば

なぜこんなことが起きたのかわかりませんが、頑張ります!

という言質もまかり通るのが、大人の世界です。くだらないですね。

まあ、大人の世界では、一ミリたりとも悪く思って無くても、誠意を込めて謝る演技をすることが正しい世界ですからね。

「わかりません」という言葉も、それと同じようなものです。

「わかりません」という言葉の代案として、問題の解決法を提示しなければならないわけです。

「わかりませんと言うな!」は経験主義のバカの言い分

最初から上のように説明しておけばいいのに「わかりませんと言うな!」というバカも、社会にはたくさんいます。

発言者の「わかりません」という言葉には、

  • わからないので教えてくださいという願望
  • 純粋に「わかりません」という事実の報告
  • 本当はわかっているけど「わかりません」と言ってすっとぼけている

…などの、意図が込められています。

一方、発言を聞いた者的には、

  • わからないなら、さっさと行動して「わかるようになれ」という願望
  • 「わかりません」とすっとぼけて責任放棄しているという疑い

…など、洗脳された社畜独特の思考プロセスで言動を解釈をするので、基本的に「事実の報告」であるという発想に行き着きません。

発言者側の「わかりません」という言葉の意図を、受けたほうが「わかっていない」という現象が発生するのです。

言葉というものは恐ろしいもので、経験則に応じて全く意味の異なるものに変わります。

まあ、私もしょっちゅう使っている「バカ」という言葉一つとってみても、褒め言葉や皮肉で使うこともあれば、事実の指摘で使うこともあります。

決して、発言者の意図と受け手では、頭で解釈する心理・現象などが一致しないのです。

頭でっかち・理屈バカが仕事でコミュニケーションをとるために必要なこと。高学歴・成績優秀な優等生タイプが陥る対人関係の罠とは?』という記事にも書いていますが、

私のような頭でっかち・理屈バカほど、仕事においては言語解釈の齟齬に悩まされるハメになります。自分の言った言葉の意図が、正しく伝わらないのです。

社会人に求められるコミュニケーション能力とは、こういったトンチのようなことも多く、言葉の解釈性の幅をしっかりと狭めていき、お互いに共通認識を抱くことが求められます。

日本人はコミュ障だらけだった!

「やって覚えろ!」
「経験して覚えろ!」
「見て覚えろ!」

…というのは、コミュ障の言い訳です。

ひとつひとつの仕事の意味や意図を理解しておくことで、業務に対する理解度や意欲が高まるのは、少し考えればわかることです。

たとえば、コンビニの品出しにしても、ただ言われたとおりに仕事している人と、マーケティング知識を理解して効果を出すために仕事している人では、細かな売上も変わりますし、何より仕事の習熟度も変わってきます。

仕事に意味や意図があれば、目標も自ずと見えてくるのですから、自発性も伸びてくるわけです。

目標のない努力が徒労に終わるように、仕事にも「目標」を授け、しっかり人材を育成するべきなのではないでしょうか。

「なぜ戦っているのかわからない」「上に言われたから従ってるだけ」なんていうレベルの仕事は、戦時中の兵隊レベルですからね。

とはいえ、経験も大事です

とはいえ「経験が大事」というのも、ひとつの事実です。

私も「わかりませんと言ってはいけない」という理由は、実務経験を得る中で理解しました。

まあ、ぶっちゃけ、

「わからないと思ったら、すぐにわかる人に聞け。でも、自分でもわかるようにも努力しろ」
「わかりませんという態度で仕事するべきでない。他人から求められれば、わかるようになるのが仕事だ」
「あ、でも現実認識として、本当にわからないことはしっかり報告してね。場合によっては教えるし、私もわからないことはあるから」

…などと予め言ってもらえれば、仕事に対する心構えも変わるはずなんですけどね。

ここらへんの「報連相」の判断力は、社会人として現場で経験しなければ絶対に身につかないことです。

どこまで自分の責任能力で判断すべきか?
どこからは自分の裁量で手におえないので、上に相談すべきか?

…といった判断力を、自身で経験することで磨いていくわけですね。

社会人はわからないことだらけ!

まあ、ぶっちゃけ世の大人共も、実際は「わからない」ことだらけなんです。

そして、わからないものをわかるまで考えたり、勉強する人間もそう多くはありません。

「なんかよくわからないけど動く」「よくわからないけど仕事になっている」という状態で放置している問題も、世の中にはたくさんあります。

ですので、要領よく生きていくのであれば、わからないことはわからないと割り切ることも必要です。ただし、自分の中でどうしても納得出来ない問題は、納得の行くまで考え抜き、行動して検証するべきでしょう。

正しい答えは見つからずとも、自分の中で納得の行く答えが見つかれば、それは間違いなく自分の中で「経験」として生きてきます。

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