だまされるな!「やりたいことを仕事に」「好きな事を仕事に」「夢を叶えよう」というのは信じないほうがいい

どうにも、私がこの仕事(転職・キャリアの情報発信)を行ってて、切に思うのが「やりたいことを仕事に」「好きな事を仕事に」「夢を叶えよう」という価値観の押し付けは、総じて”毒”にしかならないということです。

とくに最近の若者を見ていると(私自身含む)「やりたいことがないのに、やりたいことを見つけないといけない」という強迫観念に駆られているような気がしてならないのです。

んで、今の日本の状況は「頑張っても報われない=働くことは美徳ではない」という風潮になっていて、そのアンチテーゼで「華やかな仕事で自己実現」「好きなことを仕事にして稼ぐのが理想」という”キレイな夢”がはびこるようになってます。

要は「金のために仕事する」「別になんの感慨もない仕事だけど、とりあえずやってみる」という価値観が、タブーになっている節すらあるということです。

わかりやすく言えば、たとえば今小学生に人気の職業「youtuber」が表立って「こんな仕事まったく儲からないから目指さないほうがいいよ」みたいな態度で仕事していたとしたら、どうなるでしょうか?

多くの視聴者は幻滅して、仕事にしたいと思わなくなるはずです。

…が、それは「プロ失格」の烙印を押されるので、まともなプロ意識がある人であれば、間違っても表には出さないはずでしょう。

んで、そういう「イメージが大事な商売」というものがメディアを通して人々の目につくわけで、必然的に「人の目につきやすい=自分が活躍する姿が想像できる仕事」が「やりたい仕事」の筆頭格になるわけです。

反面、今人手不足の業界は、総じて人目につくことのない「地味な仕事」ばかり。だけど、その「地味な仕事」の方が、社会を支えていることが多いぐらいです(インフラ系など)。

…まあ、これは日本の人材配置のバランスを考えれば、非常によろしくない傾向です。

この記事では「やりたいことを仕事に!」という価値観が、いかに現代人を苦しめているかを述べていきたいと思います。

「やりたいこと」を持つのは存外、難しい

「やりたいこと」を持ち続けるというのは、実はかなり難しいことです。

私もクリエイティブ系の学校に通っていましたが、今も現職としてクリエイティブな仕事を続けている人は1割もいるかどうかという感じです。

多くの場合は、在学中に「仕事にするのは難しい」と気づくか、あるいは数年間勤めて「やりがい搾取」とも言うべき実態に気づいて「プロとして続けていくのは無理だ」と気づき退職していきます。

で、私はというと見切りはかなり早いタイプですので、在学中に「あ、これ仕事にするの無理だな」とか「そもそも、これ本当にやりたいことではないな」と気づいてました。

…が、そこで「いや、学校に通わせてもらった手前、なんとしてでも仕事にしなければ申し訳ない」というジレンマが発生するわけです。

これは日本人的な「もったいない」の呪いとも言えるのですが、意外とこの価値観で職業選択の自由に苦しんでいる人が多いことも、このブログを運営していてわかりました。

関連:仕事を辞めて転職するのがもったいないと感じてしまう人の心理を解説。なぜ安定志向ほど「もったいない」と思ってしまうのか?

どういうことかと言うと「学校に通ったのだから、絶対にその分野で就職しなければならない」とか「せっかく、高倍率の競争に勝ち抜いたのだから、その職業が明らかに向いてなくても続けないといけない」とか「資格をとったのだから、絶対に無駄にしたくない」とか、仕事の本質とズレた部分で悩むことになるのです(全部「単なる思い込み」でしかありません)。

これは、明らかに「日本の教育課程において、職業選択の教育が社会状況に合っていない」結果だと言えるでしょう。

「憧れ」や「夢」は必ず”冷める”と心得ておこう

仕事において、近年重視されているのが「憧れ」や「夢」という感情です。

これも「なぜ、仕事ごときに夢とか憧れがいるのか?」と疑問です。

身もふたもない話ですが「憧れ」や「夢」という感情は、必ずどこかで冷めるものです。

というのも、仕事では必ずと言っていいほど「理想と現実のギャップ」とか「業界の搾取構造」とか「人間の嫌なところ」とか「実力の違い」とか、目の当たりにしないといけないからです。

憧れや夢が強ければ強いほど、その裏に潜む「嫌なこと」に対する幻滅具合が大きくなりやすいもの。

恋愛で例えれば「超美人・イケメンと付き合ってみたものの、3日で飽きた」ですね。

あと、あれです。

学校でたまに「なんでこんなことも出来ないの?」とか「こんなもん、楽勝だろ」みたいな人がいましたが、あの手の煽りに対して挫折しない心も必須です。

仕事や競争社会においては「若い芽はさっさと潰しておくに限る」が定石ですが、他人のやる気を折っておくのも、戦略上有効な手段ですからね。

クリエイターの取材とか読んでるとわかりますが「なんで凡人ってこんな事も出来ないの?」と天然クラッシャー上司な気質の人が多いので、他人に憧れて仕事を決める場合は人徳とか求めないほうがいいです。

関連:クラッシャー上司の特徴。部下を潰すことに躊躇がない無慈悲な上司の心理とは?

「”やりたいこと”を無給でも仕事にできるか?」という基準で考える

それでも「やりたいことを仕事にする」「好きなことを仕事にする」「夢を叶える」が美徳だと思うのであれば、以下のように考えてみてください。

「自分のやりたい仕事が、たとえ無給だとしても続けられるか?」

これで「YES」と即答できる人は、間違いなくその仕事が天職なので(そういう人は、理不尽な搾取や不遇の期間も耐えられる)、挑戦してみる価値はあると思います。

…が、多くの人は現実的に考えて「無給で続くわけがない」「せめて平均と同じ給料ぐらいは欲しい」と、足元見ると思います。

そういう「現実思考」がちらつく人は、無理して「やりたいことを仕事に」なんてことに、こだわらない方がいいです(理想と現実のどちらが大事かは、言うまでもないはず)。

「やりたいことを仕事にする」なんてものは、本来は贅沢品でしかありません。

それこそ、実家が金持ちで親が業界にコネがあるとか、稼ぎまくった人が趣味や副業で始めるとか…。

少なからず、中流階級が喪失している今の日本で「やりたいことを仕事に!」と押し付けていては、多くの若者が「夢を叶えられるビジネス=やりがい搾取」に食われておしまいなのが目に見えているでしょう。

「なりたいだけじゃダメだなって…」

また「やりたいことを仕事に」と考えた時、多くの場合は「どうすればその夢が叶うのか?」という具体的な道筋を見つけ出すことが出来ないため、結局は「専門学校」「資格」などの”ビジネスのカモ”にされておしまいだということです(技術を学んでも、食えるかどうかはまったくの別問題)。

伝統的な日本人の性質上「技術を極める=手に職をつける」しておけば仕事に困らないみたいな風潮がありますが、それも最近ではかなり危うくなっています。

じゃあ、何が大事かって「全部、大事」なんですよ。

才能も、努力も、技術も、人脈も、運も、熱意も。

「やりたいことを仕事にする」と考えた場合に「学校に行って勉強して、普通どおりに就活する」なんて考えでは、まず勝てません。

単純にその仕事を目指すライバルが多くて、その上そのライバルたちは実家の財力から熱意、素のスペックまで高いんですから。

ここらへんアニメ「アイカツ!」がすごい上手く「仕事に対する”理想と現実”」を表現していると思います(アイドルがステージに立つまでの泥臭い営業活動がメインのため)。

色んなクリエイターが集結しているアニメなので、制作者が何度も何度も「自分がやりたいことと、仕事してすべきことのジレンマ」という葛藤は経験してきているでしょうので、大人が見ても学べることは実に多いです。

…また、かなり現実的な話をすると、主役のアイドルたちが「実家が金持ち」なところも、なんともまた皮肉なリアリティを醸し出しております。

なりたいだけじゃダメだなって
夢のままじゃ違うなって
きっとわたし最初から知っていた

by SHINING LINE*/わか・ふうり・ゆな from STAR ANIS

「嫌いなこと」や「やりたくない」ことを仕事にすべき

以上のような事情や心理もあることから、私としてはやりたくないこと」や「嫌いなこと」こそ、仕事にすべきだと感じています。

嫌いなことややりたくないことを仕事にすれば、余計なこだわりや執着なんて、カンタンに捨てられるからです。

だいたい「仕事を好きであるべき」という考えが、謎です。

基本的に仕事というものは「誰かがやりたくないこと」「他人の代わりに面倒事を請け負う」ことで成り立つわけですから、そこを理解できれば「やりたいことを仕事にする」ということがいかに大ウソかわかることでしょう。

…にも関わらず、世間全体(少なからずメディア・広告業界では)で「やりたいことを仕事にするのが素晴らしい!」「好きなことを仕事に出来るのは尊い!」など、ワケのわからん理屈が蔓延するから、道を誤る若者が出てくるのです。

一方で「嫌いなこと・やりたくもないこと」を仕事にすると、どうなるでしょうか?

大してこだわりも愛着もないので、合理的な選択をとることに躊躇がなくなります。

わかりやすく言えば「こんなこと自分らしくない」とか「自分はこれはしたくない」とか「個性」とか「他人に認められたい」とか「やりたいことだけをやろう」とか「汚れるのが嫌」とかいう感情、どうでもよくなるんです。

あるいは、その仕事自体が心底嫌になっても「ま、自分の感情なんてどうでもいいか」と割り切れるのも、嫌いなことを仕事にするメリット(もともと嫌いなことをさらに嫌いになったところで、とくに問題はない)。

また、仮に辞めて転職を考えるにしても「他にいい条件の仕事ないし…」で消去法で選べるので、軸がブレないで精神的に楽です。

つまり、最初から「好きじゃない仕事」「やりたくない仕事」を選んでおけば、余計なことに悩まずに済むのです。

あとは「給料」「プライベートと勤務時間のバランス」「職場の人間関係」あたりで、自分がストレスに耐えられる、あるいは妥協できる部分さえ選んでいけばいいだけですから、余計な価値観に悩まされずに仕事を選べます。

「誰もやりたくない仕事」はニーズがある

以上のような理由があることから、私は世間の逆を突いて「あえて、誰もやりたがらない仕事に挑戦してみる」という考え方を推奨します。

なぜなら、ライバルも少ない上に、業種・職種によっては地味過ぎて給料や待遇がいいのにも関わらず、なぜか若手が来ない…という優良企業が多いからです。

「誰もやりたがらない仕事」の極致と言えば、下の記事に紹介したような仕事もあります。

関連:世間的に評価されない、卑しいお仕事一覧。「誰もが嫌がる、やりたくない仕事」の実態に迫る!

命の危険や人間の汚い部分を請け負う仕事と比べれば「ただ人気がない」「地味で目立ただない」だけの仕事は、だいぶマシだと言えるでしょう。

「職業イメージ」が良くも悪くも間違って広がる現代において、あえて「誰もやりたがらない仕事」に飛び込んでみる勇気こそ、今の若者に必要なことなのではないでしょうか。

「やりたくない仕事」こそやるべき

以上のような事情や管理人自身の経験から「やりたいことは仕事にしないほうがいい」と、断言できます。

むしろ、私の性格上「嫌いなことの方が、能力を活かせる」とわかってきたので、まあなんとう言うか「なんだかなぁ…」みたいな感覚はあるのですが、多分世の中そんなもんです。

「やりたくもないことなのに、たまたまやれるだけの土壌も能力もチャンスもあった」ってだけの話で、本当に大した意味はないと思ってます。

もし、読者の方で「やりたいことを仕事にしたいけど、やりたいことが見つからない」「やりたいことを仕事に出来なかった」とお悩みの方がいましたら、あえて「やりたくない仕事を選んでみる」という考えで就活・転職などに望んでみてください。