自己分析しても自分がわからないのは当たり前。経験不足だと満足に自己分析が出来ない件について

「自己分析のやり方が出来ない…」
「自己分析してみても、自分がわからない…」
「自己分析が苦手…」

このように悩んでいる方は、かなり多く感じます。

私自身、学生時代は自己分析が大の苦手でしたし、今でも得意とは言えません。

ですので、私は就活生や社会人経験の浅い20代の若手に、無理に自己分析させるべきではないと結論に行き着いております。

それはなぜか?

自分が何者であり、どこからが自分の考え方で、どこからが他人の評価なのか、よくわからなくて当たり前だからです。

「ハンター×ハンター」のあの人気キャラもこう言っている

それも、仕事における「評価」なんか、それこそ「勝手にあなたたちで決めて、どうぞ」という感じなので、自己分析する意味がわかりません。

面接官や人事が「この人は仕事が出来そうだ」「この人材は、将来会社を担うように成長する」と見込めば、本人が自分を無能でダメな人材だと思っていようが、その期待に応えていかなければいけません。

であれば、自己分析がどれだけ完璧であろうが、組織の望む人物像を演じなければいけないわけです。

ですので、本質的に自己分析なんて意味がないんです。

当記事では少し視点を変えて「自己分析不要論」を展開していきます。

自己分析が要らない理由

「客観的に自分を分析する」ことは難しい

自己分析不要論を主張する最大の理由は、客観的に自分を分析することは極めて難しいからです。

人間の思考は「主観」から抜け出せないので、客観的に自分を分析するのは無理です。

もっとわかりやすく言えば「私が私を見つめるのは、物理的に無理」です。

(鏡に映っている私は「左右反転」、写真の私は「過去の私」と、正確には「今の私」ではありません)

これは「主観と客観」という、哲学史上の「永遠に解決しない命題」ですので、いくら考えたところで結論は出ません。

(考えても解決しないのがわかりきっているので、何度も何度も哲学者が様々なアプローチで挑んでは、敗北し続けるのです)

「考えても結論が出ない」という結論が出るまでに、幾多もの哲学者が時代を越えて議論しているわけですので、ほぼ間違いありません。

私も「自分とは何者なのか?」という答えを知るために哲学を勉強しましたが、結局何もわからずじまいで終わりました。

せいぜい、わかったことは「考えても、何もわからない」ということぐらいです。

悩める読者にアドバイス出来るのは「自分一人で悩んでいないで、素直に他人に相談して、意見を聞こう」ということです。

よりわかりやすく言うなら「出来るだけ多くの人と関わって、様々な自己評価を集めておけ」とも言えます。

周りが否定的な人間ですと自己評価が低くなりますし、逆に周りが肯定的な人間ばかりですと、欠点や弱みが見えなくなります。

何事もバランスが大事なのです。

「自己分析=自分にとって都合のいい解釈」になりがち

「自己分析が不要」だと主張するのは、若いうちは「自分にとって都合のいい解釈」になりがちだからです。

たとえば、性格診断ツールを使ってみても、多くの人は「当たっている」だとか「この表現は使えそう」だとか、おそらくその程度の使い方しか出来ません。

関連:自己分析・性格診断に有効な「アセスメントツール」一覧。自己理解を高めるために有効な使い方とは?

で、実際はその判断基準自体が間違っているので、

私の場合、性格診断ツールの理論の元ネタである心理学・統計学まで研究して、メタ思考で「ああ、そういうことね」と納得したので、そこまで突き詰めていない人にとっては「ただの由緒ある占い」程度しか機能しません。(ていうか、占星術もタロットも元ネタ自体は一緒)

ですので、自分だけで答えを探そうとなると「確証バイアス」「バーナム効果」という占いを信じる心理効果から抜け出せません。

よって、すべての自己分析は「ただの思い込み」でしかないのです。

たとえば、コミュニケーション能力のある人材も、他の言語圏や別の業界に行けば、まったく仕事でコミュニケーションの出来ないポンコツになる可能性は、誰にも否定できません。

もちろん、ある程度仕事で経験を積めば、現実が見えてきて、自己分析の精度自体は上がります。

…が、総じて「夢見がち」「理想的になりがち」な若いうちは、自分に都合のいい自己分析をしがちになってもしょうがないのです。

これについては、Wikipediaの「自己分析」の項目にすら書いてあります。

自己分析を行う場合には、よほど自分を客観視できないと自分にとって都合の良い主観や解釈が入り、自分自身のさじ加減で結果をいくらでも自分よりに変えられるとのこと。また学生の中には志望動機を聞いた場合に、自己分析の結果この職種が向いているということが分かったために志望したと返す場合があるという。この場合には職種を決める場合に、自分がやりたい事柄であるために志望したというよりも自己分析に振り回されているからであるようとのこと。

出典:自己分析|Wikipedia

また、企業側も自己分析不十分の現実の見えていない人材募集をしていることもあり、ある意味で「お互い様」とも言うべく状況になっている面は、なぜか誰もツッコみません。

平凡な人生経験では”強み”などわかるはずもない

自己分析でとくに重視されるのが”強み”です。

リクナビNEXTのグッドポイント診断でも”強み”に焦点が当てられています。

”強み”とは「個性」だとか「オリジナリティ」などとも、言い換えられます。

…が、そんなもん若いうちに見つけ出すのは、どう考えても無理です。

世の99%以上の人間は「何者にもなれない、その他大勢」にならざるを得ないのですから。

これも既にWikipediaで指摘されています。

就職活動において自己分析は、学生を悩ませ、かつその可能性を奪い、早期転職の一因となっているという見解もあり、それまでの人生において特筆すべき経験のない者が自己分析をしたところで何も生まれないとする「自己分析不要論」が増加している。

出典:自己分析|Wikipedia

で、私の場合はグッドポイント診断で「悠然」という、不可逆的に実証不能な強みが診断結果が出ているのが、なんとも皮肉な笑いを誘います。

どういうことかというと「学生時代にしっかりと将来計画を立て、安定した企業に入社していない時点で、企業的には”無計画=長期的視野を持たない”と判断される」という、とんでもない矛盾を抱えているのです。

「やりたいことがない」「目標がない」のも普通

自己分析は、就職・転職活動で用いる場合は「意図的にそういう風に自分を魅せる」ために使うものです。

ウソや演技ではないにしても、多少の誇張や課題表現は含むます。

そうした場合「やりたいことをやる」「目標を達成するため」の方便として、自己分析を都合よく歪めることが可能となるのです。

たとえば、とくに目的も動機もなく、営業として大手企業に勤めた人材が転職するとしましょう。

目的も動機もなかった人材でも、他の会社に転職する際に今の会社に入社した理由を「営業としての経験や基礎を詰むため、大手企業に入社しました。…が、今の会社では自分の学びたいことが学べないと判断しました」と、後から動機づけすることが可能です。

で、実際そういう「目的や動機もあって、しっかり将来設計をしていた人材」の方が、企業側に受けます。

要は、目的に応じて結果論的に自己分析を捻じ曲げられるので、そんなに大したものでもないのです。

ここまで説明すればわかりますが、自己分析とは目的が先行して後づけ的に理解できるものなので、目的がないうちにアレコレ考えても、どうしようもないのです。

私も当サイトに関してある程度目標があるからこそ、逆算して「こういう経験があるので、今の仕事に向いている」と、都合よく自己分析を用いているだけです。

人材会社も採用企業も実は「自己分析」を重要視していない

自己分析不要論の根拠として明確なのが「そもそも、大手人材会社も採用側企業も、そこまで自己分析を重要視していないのでは…?」という実態が見えているからです。

前述の通り「企業側も大して自己(自社)分析出来ていない」というツッコミどころに加えて「自己分析は目的に応じて後づけ可能」という性質もあるので、極論、社会経験があればどうとでもまるのです。

ただ、言葉に出来ないだけで。

たとえるなら「自分の人生経験というカードから、いかに有利な自己分析カードを相手に提示するか?」という感じです。

それを「自己分析が大事!」と話をややこしくしているのも、他でもない人材会社の頭でっかちな情報群であったりもします。(先述のリクナビNEXTのグッドポイント診断など)

だいたい、大手人材会社の転職エージェント自体が「何がしたいかよくわからないけど、とりあえず転職したい人」向けにマーケティング展開しているので、人材会社側も「自己分析出来ていない人が多い」ことは、把握済みでしょう。

この記事で哲学の話持ち出しているぐらいに「文章を読んだだけで自己分析をする」「1人で考え込んだだけで自己分析をする」のは、難しいのではなく”物理的に無理”なのです。

とくに国内最大手の「リクルートエージェント」「doda(デューダ)」あたりは、マーケティング対象をメタ的に分析しても「地に足がつかない、ふわふわした動機で転職したい層」がターゲットです。

関連:仕事で地に足がつかない人の特徴6つ。地に足をつけた生き方を見つけ出すためには?

スコシテン広報部でも過去に、Twitter上で以下のように書いております。

自己分析が苦手な人は、転職エージェントのキャリアアドバイザーが提案した求人に応募して、採用されるまで転職活動を続けることも、選択肢としてはありなのです。

事実、当サイトでも「何がしたいかよくわかっていない」「自分がよくわかっていない」と悩んでいる人がたどり着く記事から、大手転職エージェントに登録している方が多い傾向にあります。

「敵を知り、己を知る」という戦略としての自己分析

かの有名な兵法書「孫子」にて「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」という至言があります。

私の持論ですが「自己分析が大事」だと言われているのは、おそらくこれが最大の理由です。

関連:転職に必要な自己分析が出来ない?OK、誰も教えてくれない「本当の自己分析のやり方」をコッソリ教えてやる!

これをわかりやすく、かつ打算的に言うなら「自分が他人より優れているところ=自分の強み=自己分析」です。

つまり、自分の人材価値を正確に把握しておけば、企業の弱みにつけ込んで自分を売り込めるので、戦略的に就職・転職活動が出来るようになるわけです。

そこまで出来る人材は一部の超優秀な人材で、なおかつ文系のマーケティング・営業などの戦略的頭脳の要求される層なので、その他の人材にはあんまり関係ありません。

元々、就活市場・転職市場が「一部の優秀な人材向け」「資本力も影響力もある大企業寄り」「文系・営業中心の大手人材ビジネス会社のルールがスタンダード」という性質があります。

そうでない人材は、実際のところ就職・転職活動のルール・マナー・ノウハウなど、大して関係ないのです。

自己分析は無理にしなくてもいい

以上のように考えていけば、自己分析がいかにナンセンスか、おわかりいただけたかと思います。

社会経験のある中途採用者ならともかく、社会経験のない就活生・既卒生や、社会経験の浅い第二新卒層に自己分析を押し付けるのは、あまりに酷です。

それはともすれば「哲学者が時代を越えても結論を出せなかった”主観と客観という至上命題”」に挑ませるレベルの苦痛を与えることにもなりかねません。

もちろん、文中に何度も書いてある通り「さっさと、素直に他人に相談して、自分を知ろう」なのですが、私みたいな孤高系は「自分の中で納得するまで、徹底的に考え抜いてしまう」のです。

「他人は自分を映す鏡」という言葉もある通り、他人を知らなければ、自分も理解できないのですから。