転職では「学歴」はまったく役に立たない。その理由とは?

転職活動で意外と多い悩みが「学歴は役に立つのか?」「学歴がないからいい仕事にはありつけない…」と言った”学歴に関する悩み”です。

これは人や企業によってよりけりですが、現実問題として採用では「学歴フィルター」なるものは存在します。

参考:学歴フィルター|Wikipedia

かと言って、世の中には「学歴で人材を判断しない」という企業もありますし、逆に「高学歴は頭でっかちで使えない奴が多い」と逆学歴差別をする人もいます。

ここまで説明すればおわかりでしょうが「企業や人によって、学歴の判断基準は変わるもの」なのです。

とくに経歴・経験のほうが重視される転職活動・中途採用に関しては、多くの人材会社でも「学歴はさほど重視されない」という見解が主流です。

ですが、世間では「学歴がある方が偉いし、すごい」みたいな風潮が根強く残っており、本質とは逸れたステータスとして扱われすぎている気がしてなりません。

そして現代の日本では、そこを見誤り「学歴さえあればなんとかなる」と勘違いして、人生に失敗してしまう若者も増えてきています。

たとえば、有名大学を卒業しても「高学歴ニート」「高学歴ワーキングプア」「ポスドク問題」など、職にありつけない人が増えていることが問題になっていることは有名です。

また、ビジネスの側面の強い専門学校に通うも、その専門学校内で学んだことを活かせることなく、そのままフリーター・ニートとしてあてもなくさまようケースも増えてきております。

関連:就職先が決まらないまま専門学校を卒業してしまった場合の対策。専門卒の既卒は社会復帰が厳しくなると知っておこう。

では、なぜそんなことになってしまうのか?

原因はいくつも考えられますが、私は「日本の教育が企業ニーズとズレている」「社会全体で学歴信奉が強すぎる」など、社会側にも責任はあると思っています。

こうした問題を「学生本人の自己責任・努力不足」と切り捨てるのは誰でもカンタンに出来ますし、その程度の思考で満足な人間は、そこで止まっておけばいいと思ってます。

…が、私は人材会社と取引関係を持った以上、そこで止まるわけにはいきません。

前置きが長くなりました。

この記事では「学歴とは何か?」というテーマで、お送りします。

一人でも多くの読者が学歴に抱いている過大評価や誤解を正し、転職活動で学歴にとらわれないための気づきにしていただければ幸いです。

※以前書いた記事では「資格は役に立たない」と題して、資格に対しても同様の論法で考えております。

関連:転職では資格は役に立たない。資格が「なぜ、必要なのか?」をしっかり考えて転職活動に臨もう

なぜ、学歴が重視されるのか?

まず最初に「なぜ、学歴が大事と言われているか?」を考え、学歴自体がもたらす心理的効果や効力を突き詰めていきます。

「権威」「ブランド」「肩書き」を得られるから

学歴が重視されるのは、一重に「権威」「ブランド」「肩書き」が得られるからです。

たとえば、テレビで「有名大卒の教授」という肩書きがつけば、一般人でも少し考えればわかるレベルのことをドヤ顔で語っても、多くの視聴者は「お~」と信じてしまいますよね。

これはマーケティング上では素晴らしい効果がありますが、実際に仕事で学歴を活かす場合はまったくの別問題として考えるべきです。

企業から見て、採用して生産者側に加える人材が「消費者レベルの視線や感性」ですと、そりゃあ落として当然という話です。

もっとわかりやすく言えば「自分は学歴があるから信じてもらえて当然!」というのは誤りだと言うことです(逆に「学歴がないから信用してもらえない」も誤り)。

学歴による権威やブランドが有効なのは、相手が自分よりも下の人間である場合においてであり(それも露骨にやり過ぎるとただの嫌味にしかならない)、自分よりも格上の相手と対峙する転職活動においては、学歴はさほど効果がないのです。

なお、資格も同様の性質を持ちますので、仮に転職活動する場合は「消費者目線レベルで考えない」ことが、非常に重要となります。

関連:転職では資格は役に立たない。資格が「なぜ、必要なのか?」をしっかり考えて転職活動に臨もう

心の中で権威に中指立てっぱなしの私からすれば「有名大卒なのに言うことが浅いなあ…」と、学歴ブランドアピールしてる人間に失望することも多いぐらい。

学歴によるコネ・コミュニティ

学歴とは「コネ」として使えたり「コミュニティ」に属するための通行許可証的な役割も果たします。

たとえば「学歴フィルター」にしても、ある大学に属していなければ面談に呼ばれる機会すら得られないのです。

これは別に「不公平」とかでなく、実社会においても「会う時間すら惜しい」という理由で、有力者と会って話すことすら拒否されることは、よくあることです。

また「〇〇大ブランド」とか「〇〇大OB・OG」みたいな、コミュニティ社会が企業内にも存在します(場合によっては「派閥」や「社内政治」にも関わる)。

なんだかんだで日本は大企業レベルでも「ムラ社会」的になりやすく、能力とか関係なく「〇〇大卒だから」という、親近感とか身内ノリでの採用も十分ありえるのです。

また、在学中であれば「学校側の紹介を受けて、応募する」という行為自体、学校側のコネ経て応募するという行為に値します。

転職活動しだすとわかりますが、直接応募で企業側に面談を組んでもらえることは、中々ありません。

それがなぜかと言われると、企業側としても「社内の誰かの紹介」「人材会社や学校の紹介」というプロセスがなければ、信用されにくいのです。

これは交友関係で考えてみれば、わかります。

仮に会って仕事を引き受けるとした場合「書類上のスペックしかわからない他人」「友人の知り合い」であれば、後者のほうが「なんとなく信用できる」と思うはずです。

割と、仕事や採用ではこの「なんとなく信用できる=直観」も大事になってきます。

ですので、ある意味では「新卒採用時のみに有効に機能する”学歴”というステータス」も、コネと同じ部類と考えてもいいでしょう。

企業人事からすれば「〇〇大に在籍中の学生だからこそ、将来に期待できる」という心理が働くのであって、これが卒業したともなれば「在学中に内定とれなかったただの無職」という扱いになるわけです(実際、こういう考えで新卒採用している企業も存在します)。

最近では「既卒・第二新卒」という存在が受け入れられるようになって事情が変わってきてはいるものの、結果論的に言えば「在学中に内定もらえなかったダメな人材」として見られることもまた、ひとつの事実です。

関連:【決定版】既卒・第二新卒・フリーター・ニートの転職情報まとめ

学歴があるほど「能力が高い人材」になりやすいから

当たり前の話ですが、学歴がある人ほど「素の能力が高い人材」である可能性が高くなります。

これは学歴そのものではなく、学歴をとるまでの過程や、学歴のある人の卒業後の活躍など、統計的な判断則の話です。

少なからず、難関大学を卒業した人材であれば、一流企業で知能レベルを要求される仕事にも対応できる可能性が上がるわけです。

逆に学歴が低ければ低いほど、知能レベルを要求される仕事についていけない可能性が上がります。

仮に学歴がない人に適性や才能があったとしても、それを判断する術がないのですから、これは仕方ありません。

「学歴差別だ!」なんて言ってみても、企業側の採用の負担を考えれば「学生なんて、学歴ぐらいしか判断するものがない」わけですから、これは仕方のないことでしょう。

学歴を得るために努力が必要だから

学歴を評価する理由に「努力が必要だから」という要素も無視できません。

社会人には努力が欠かせない…というか、日々精進して当たり前です(してないように見える人も多いけど)。

「人並みに努力できるかどうか?」を判断する場合、若いうちに努力しなければ得られない「学歴」さえ持っておけば、相対的に「努力できる人材」として見られるのは確かでしょう。

ただ、これは社会に出たあとの経歴・経験・実績に費やした努力や苦労のほうが何百倍も重要ですので、社会経験の浅いうちしか重視されない要素だとも言えます。

例えるなら、60歳のジジイが「大卒か?中卒か?」という判断よりも「今までどんな人生経験を歩んできたのか?」で見られるのと同じです。

逆に高学歴ニートなんかは空白期間が伸びると「なぜ、学歴があるのに働かない?」と性格面を疑われるわけで、その場合むしろ学歴が足かせになっている節すらあります(空白期間に努力・成功していない分を、過去の栄光で取り戻さざるを得ないがんじがらめの心理状態になるから)。

そういった事情や人間心理もあるので「学歴=若いうちに使える努力の証」ぐらいの認識でいるほうが、余計なプライドを抱かずに済むでしょう。

履歴書に必ず記入する項目だから

非常にシンプルな理由ですが「学歴は必ず履歴書に記入する項目」だからこそ、キャリアで重要なのです(重要だと思い込みやすい)。

んで、その履歴書に書いた学歴が企業側の目につく機会といえば「書類選考」と「面接」の時の、それもわずか数秒ぐらいだけですので、そんなものに大した価値はありません。

学歴次第で問答無用で落とす「学歴フィルター」もありますが、それは一部の人気企業の話(=すべての企業がそうではない)。

大卒人材の応募が当たり前の企業であっても、大学中退人材や専門卒を珍しがって面談を組む可能性もゼロではありませんし、シンプルに「人事や社長と同じ学校を卒業していたから」という親近感だけで採用される可能性もあります。

つまり「学歴は採用するかどうかの判断基準のひとつ」でしかなく、そんなものに自分の人材価値すべてを委ねることは、愚かと言う他ありません。

若者に勉強させるため

学歴を「手段」として見た場合、シンプルに「若者に勉強させるため」と考えることができます。

多くの大人が思考停止で「学歴がある方が就活に有利」「学歴がある方が年収が高くなりやすい」と言っておけば、自ずと勉強してくれる若者が増えるので、大人としてはそう言っておくほうが手っ取り早いのです。

事実、その方が人生を間違えないで済む人間が、比率としては大多数派なのも事実です。

その場合「高学歴でも年収が低い人材がいる」という事実は、無視されます。

そういう人材は、日本で流行りの自己責任論「学業ばかりに熱中して就活をしなかったのが悪い」「コミュニュケーション能力がないのが悪い」と責めておけば、それでおしまい。

「学歴は手段」でしかないので、学生側が「学歴を目的」として見誤った場合、勉強できるだけで他には何も出来ない人材が生まれるのは当然の結果です。

社会では往々にして「目的と手段の履き違え」が起こっていますが、学歴などはその最たる例でしょう。

転職で学歴が評価されにくい理由

以上のような「なぜ、学歴が評価されるのか?」を踏まえた上で、転職市場で学歴が評価されない理由を見ていけば、おおむねの納得が得られるので、認識を正すべくには知っておくべきでしょう。

転職の評価基準は「経験」だから

転職活動での人材の評価基準は「経験>>>>学歴」と言ってもいいぐらい、経験主義です。

先ほどの例でも出したとおり「60歳の人間を学歴で判断するようなことはない」という心理と同じです。

年齢が上がれば上がるほど、人は他人に「経験」を求めるものなのです。

ま、たとえば恋愛でも「年上の人間は自分よりも博識で経験もあってなんでも出来る」という先入観にとらわれがちですが、これはあらゆる場面でも起こり得ることです。

企業としても「30代ぐらいの人間はこれぐらい出来て当然」だとか「40代以上はかくあるべき」みたいな思い込みにとらわれています。

んで、学歴ぐらいしか誇れる物がない学生のうちならまだしも、実務経験の要求される転職活動で「自分は学歴があるから優秀だ」と言ってしまうのは、逆説的に「自分には大した経験がない」と自白してしまうようなもので、普通に考えれば悪手以外の何物でもありません。

もっとわかりやすく言えば、社会経験のある人材が学歴どうのこうのを過剰に気にするのは、ハッキリ言って「学生レベル」と判断されても致し方ないのです。

これが多くの人材会社や転職サイトでも「学歴は転職では大して重要ではない」と共通の見解を示している、最大の根拠と言えるでしょう。

「同じ学歴のライバル」が無数に存在するから

転職活動では自己アピールを考えないといけない以上、少なからず「自分はすごい」と言う前提で考えないといけません(なので、多少傲慢・自信過剰になるのは仕方ない)。

その場合、見落としがちなのが「自分と同じような人材はたくさんいる」という、客観的視点が抜け落ちることです。

有名大学卒業というのは世間的に見ればすごいことなのかもしれませんが、同時に同じような学歴を持つライバルは無数に存在することは忘れてはいけません。

そういった事情を考えずに「学歴があることはすごい=社会が子供に勉強させるための方便」を真に受けたままでいては、本質を見誤ります。

しかも、転職市場では「学歴があるのに使えない人材」「学歴がないのに現場で伸びた人材」もいるわけですので、そういった人材と差をつけるために学歴自体は大して重要ではないと気づくはずです。

転職で「学歴ブランド」は通用しにくいから

転職活動では「学歴ブランド」というのは、新卒時に比べて通用しにくくなります。

これは単に「社会人になってからどれだけの成果と実績を残せたか?」「社会人になってどれだけの経験を積んできたのか?」という要素のほうがよっぽど重要だからです。

…とはいえ、相手側が学歴ブランド・大企業ブランドになびくような人事であれば、多少の効果はあるかとは思います。

採用に関して「学歴は重要か?」が度々議論になるぐらいなので、すべての人事が学歴ブランドを切り離して人材評価が出来るかと言えば、答えは「NO」でしょう。

ただまあ、人材サービスを数社ほど使ってみればわかりますが、学歴ではなく「職務経験」を元に求人を送ってきているので、少なからず転職市場では学歴自体は大した評価基準にはならないことは、確かでしょう。

年齢を重ねると物覚えが悪くなるから

転職で学歴が評価されにくいのは、単に「年齢を重ねるにつれて、物覚えが悪くなるから」という、シンプルな経験的判断も大きいでしょう。

これはもう、人類史上の「最近の若者は~」という年上世代の嘆きを見れば(その歴史は紀元前まで遡る)、明白な事実です。

だいたい、日本の上の連中ですら高学歴で実績もあるような人間ばかりなはずなのに、若者からすれば「あいつらバカじゃねえの?」と思うわけですから、それほど過去の栄光などはまったく意味のないものなのです。

いくら本人が最新の環境に適応できるような若さがあったとしても、書類上では「年齢」で判断されてしまうので、見分けがつかないのです。

その結果、転職業界では「25歳、27歳、30歳の壁」や「35歳以降転職無理説」など、よくわからん謎理論が定説となるわけですね。

関連:「35歳からの転職は厳しい…」大ウソ説。35歳限界説に風穴を空けるならば、今行動するしかない!

年齢に対する偏見は「平均的にそうだから」という以上の理由はないので、割り切るほかないでしょう。

「学歴」だけで仕事はこなせないし、人間性は測れない

以上のように「なぜ、学歴が大事なのか?」を考えれば、さほど学歴そのものには価値がないことがわかってくるかと思います。

反証としては「大卒の方が給料が高くなる」「大卒でなければ管理職になりにくい」という主張ぐらいでしょうが(統計的に見れば、それ自体は紛れもない事実)、それも今や非正規雇用が増え、学歴があっても年収が低い仕事やブラック企業、あるいは無職を選ばざるを得ない状況が増えている以上、必ずしもそうとは言い切れなくなっています。

少なからず「すべての大卒がそうでない」という前提を踏まえておかなければ、学歴の本質を見誤ります。

んで、「大卒なのに給料が高くならない」という状況に陥った時に、現実的にとれる選択肢が「転職」なのです。

そして、その転職を成功させるには「学歴=過去の栄光」を捨て、純粋に経験や実力だけで勝負しなければならないわけです。

にも関わらず、日本人の多くは「せっかく大学を出たんだから、新卒で入った入社で働き続けなければいかない…」と思い込んでいますが、それはまさしく「企業側の思う壺」でしかありません。

関連:仕事を辞めて転職するのがもったいないと感じてしまう人の心理を解説。なぜ安定志向ほど「もったいない」と思ってしまうのか?

また、逆も然りで「大学出ていない人間は昇給も出世も見込めない…」という風潮を作り出しているのは、「学歴という名の栄光」にすがって怠けている人間が、下の人間に立場を脅かされないようにしているだけの防衛策でしかありません。

…そりゃあ、同じ組織内に「大学出てないのに優秀で将来の出世頭」なんていたら、大卒の奴らは早めに「潰す」に決まってます。「大学出てない人間=全員無能」であった方が、己のプライドや立場を守るために、非常に都合がいいからです。

こうして深く考えれば「学歴とは何か?」が、見えてくるのではないでしょうか?