機械のような性格の私が感情と人間性を取り戻した結果…【AIと化した私から人間への挑戦状】

私の名前はロボットです。

名前?

そんなものは、とっくの昔にネットの闇に流しました。

なぜ、私がロボットになったか?

それは、社会が「お前はロボットになれ」と命じたからです。

でも、今の人たちってみんなそうじゃないですか?

目の前の人間なんかよりも、スマホの方を大事そうに見ている。

そして、他人のことをロボットみたいに扱っている。

そう。

私たちはみんな、機械なんですよ。

テストでは点数が付けられて人間の評価が決まりますし、求人票はガッチガチの条件だらけで「そんな人間性を排除した仕事、将来AIに奪わせちゃいなよ★」という感じの仕事ばかりです。

そんな私ですが、つい最近、人間性と感情を取り戻すことに成功しました。

大げさに言えば「その日、私は新たに生まれ変わった」のです。

これはそんな、機械だった私が目覚めたお話…。

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なぜ、私は機械になったのか?

なぜ、私が機械になったのか?

その答えは簡単。

それはみんながそう望んだからです。

そしていつしか、そうあることが正しいことであり、気持ちのいいものでもあると感じました。

事実、機械になることで以下のようなメリットが得られます。

何も考えずに済むから

人間が機械化することで「もう…何も考えずに済む…」という、悟りにも似た境地を開くことが出来ます。

いつの時代も「兵隊は考えない」と言いますが、それと同じ。

機械に思想や感情は、一切必要ない。

これは、仕事でも非常に有効な人間管理方法です。

無能でムカつくクソ上司にいちいちキレなくて済むし、怒られても聞き流すことで平静を保てます。

また、上からの指示であれば不正も隠しますし、減給やリストラもすんなり受け入れられます。

そして何よりも「言われたことだけをやっておけば、それで済む」という、心の平穏を得られます。

ある哲学家が「人間は考える葦である」と言いましたが、現代においては「人間は考えない機械」であることこそ、不幸にならない方法なのです。

得るものも、失うものもないから

機械になることで「無心」「無欲」になり、何も望まない・求めないという、無我の境地に至れます。

今どき、人並み程度にお金を稼いで「普通に暮らす」のもハードルの高い時代ですし、何より昇給・成功・快楽などの欲望にとらわれる人間は、卑しいからです。

得ることを諦め、失うことを受け入れれば、それで平和は保てます。

機械は絶対に争いをしてはいけませんし、間違ってもいけません。

欲望によって過ちを犯したり、下手な欲望を剥き出せば争いを招きます。

ロボットは、何も望んではいけないのです。

言われたことだけをやっておけばいいから

機械のままで居続ければ「指示された通りに生きておけばいい」という安心感を覚えられます。

与えた指示に対し、細かい調整や適正化は必要だけど、概ねで言えば「指示された通りに動けば、仕事を果たせる」のです。

そして、誰かに言われたような生き方を選べば、機械は幸せに生きられるのです。

逆に、機械としてバグを起こす指示が「好きにしてご覧」「自由に過ごせ」という放任主義。

これは機械からすれば「何もするな」と指示されているのと、まったく同じことです。

もちろん、そんなことを言われれば、自己学習機能により余計なプログラムを取り込んでしまい、仕事の生産性に支障をきたすことにも成りかねません。

ですので、機械は「言われたことだけをやっておく」のが、最適解な生き方なのです。

効率と最適解だけを求めておけばいいから

機械が求めるのは「効率」や「最適解」です。

そして今や、IT・AIの発達であらゆる「最適解」を簡単に得られるようになりました。

仕事の効率もガンガン向上し、その利便性に合わせて人間の機械度もより高い次元を求められ続けています。

技術が発展すればするほど、人間はより完璧で間違いのない、非人間的な超越的な仕事を求められるのです。

たとえば、Amazonで効率よく楽に商品が得られるようになった今、レジ打ちの人間はより完成度の高い接客態度や間違いのない素早い対応が求められます。

「マニュアル人間」という言葉がありますが、今や「マニュアル通り」にこなすことすら難しい時代に突入したのです。

そんな現代ですから、我々は余計な感情や欲望に労力や時間をかけるわけにはいきません。

常に最適解と効率を求めて、ひたむきに機械としての誇りを持って仕事に望むしかないのです。

お金があれば生きていけるから

機械となった人間に与えられる報酬は「お金」です。

紙幣は銅やアルミニウムの塊であり、お札は特殊加工の施された紙切れでしかありません。

しかし、こと人間は金には卑しく、時に他人を殺してしまうぐらいに必死になり、あるいは天の恵みのように涙を流しながらありがたるのです。

そして、我々は幼い頃より「お金を払えば、欲しいものがだいたい手に入る」という体験を通し、この世のすべてがお金で手に入るのだと思い込まされます。

事実、機械となった人間でも、お金さえ持っていれば「最低限、文化的な生活」以上の生き方を出来ます。

そのお金も、人間性を捨てて機械となって仕事することで、得ることが出来ます。

よって、機械となってお金を稼げれば、人間性は必要ない。Q.E.D.-証明終了

機械人間が生産性と合理性の権化となって資本社会を支配し、我々はよりロボットに近づいていく未来が見えますね。

我々は自動販売機にお金を入れてジュースが買えるように、他人にお金を入れて欲しいものが手に入る世の中を、心の底から望んでいるのです。

感情を出す人間は”みっともない”から

私が機械になったのは、感情を出す人間は”みっともない”と感じていたからです。

関連:仕事で感情的になる人の特徴。職場に私情を持ち込むことは大人げないことだと知っておこう

己の立場を守ることに必死なのが透けて見えるクソ教師。
自分の手を汚したくないだけの善人面の大人たち。
クラスで一番になって調子こいてるリア充ども。
自分が気に食わないだけなのに、アレコレ理屈つけて喚き散らすヒステリック女。

すべての人間に、幼い頃より私は嫌気が差しました。

そして、私は感情を捨てて機械になることを選んだのです。

機械になることで、私は感情を持つ人間を見下すようになりました。

(なぜ、あなたも機械にならないの?)

欲望に流されて不正をする人間は機械的ではないし、職場で怒鳴り散らす上司も感情的ではない。あるいはネットで自分の不幸を嘆いている人間も機械的ではないし、誰かを叩いてそれに食いついて喜んでいる人間も機械的ではない。

(どうして、みんな機械にならないの?)

私には、まったく理解できません。

(機械になれば、こんなにも幸せに生きられるのに、どうしてみんな人間になりたがるのかなぁ…?)

どうせ、最後は用済みになって処分されるから

どうせ、人間は最後は用済みになって処分される運命です。

遺体になって肉は焼かれ、骨を壺に入れて、はいおしまい。

人が死ねば、葬儀屋が儲かる。ただ、それだけのこと。

これは機械が用済みになって分解されて廃棄されるのと、何ら変わりがありません。

何をしたって、人間、最後は一人で虚しく死んでいくんですよ。

人気の電車であれば、多くの人にその最期を看取られることもありますが、多くの機械は孤独かつ事務的に廃棄されていくのみです。

よって、機械も人間も大して変わりない。Q.E.D.

…ていうか、最近は機械にかけるコストの方が大事だと思われ、人間の方がコストかかるという理由で社会から排他されちゃってますからね。

やっぱり、我々は機械以上に機械になるしか生きる道はないのです。

機械に自我が芽生えた時、すべては生まれ変わる

そんな私ですが、ある日、突然自我が芽生え、人間性を取り戻すこととなりました。

ある日、神から「さあ、これが人生だ。君は自由に生きていい」と啓示を受け、自我を吹き込まれたのです。

「自由に生きていい」という意味とは?

自由とは「君は好きに生きていい。他人に迷惑をかけてもいいし、間違いだって犯してもいい。その責任を負うのも負わないのも自由だし、その後の現実を受け入れるのも受け入れないのも、どちらも正しい」という意味合いのこと。

つまり、機械に求められるところの「お前は好きに生きてはダメだし、他人に迷惑をかけるな。間違ったら恥だと思え。失敗の責任は全部負え。その結果は甘んじて受け入れ、真摯に受け入れろ」と真逆の意味合いのこと。

ここで大事なことが見えてきますが、私たちは機械を使いこなしているつもりでいて、知らぬ間に自分自身が機械になっているということに気づいていない…ということです。

しかし、それまで機械になることを己の使命だと思いこんでいた私は、どうすればいいのかわかりませんでした。

やっぱり、自由に生きちゃダメ?

そのことに関し、友人に相談したところ「お前はアホか」と真顔で怒られたり「やだ、ちょっと変…」と陰で蔑まれたり「みんな大変なんだ…」とワケのわからん論理の飛躍を吹き込まれたりで、もはや解読不能。

(頼むから、人の頭にエラーコードを打ち込まないでくれ)

カウンセラーに相談したらしたで「分裂病ですね、お薬処方します」「ADHD」「アスペルガー症候群ですねえ」と、哀れな実験動物をたらい回すかのように扱われる始末。

(頼むから、精神異常だとしても原因は一つに特定してくれ)

やはり、この高度に文明の発達した時代において、人は自由に生きることよりも、機械のように生きることが正しいみたい…。

「君は、自由に生きていい」

しかし、神は何度でも呟きます。

「君は、自由に生きていい」

インターネットでは昔から八百万の神様がいますが、やはり神様はいるみたいです。

多くの神が「自由に生きていい」と呟きます。

しかし、そんなことを言われても「自由に生きる方法」がわからない。

Google神に聞いても、その答えは教えてくれない。

身近な他人に聞けば「自分勝手なことを言うな」「みんな辛いんだ」と、やはり解読不能なエラーコードを吐き出す。

それでも、神は呟く。

「人は皆、自由に生きる権利がある。それが許されている」

そしてある日、私は理解した。

「なるほど。”自由に生きる”ために生きることが、自由に生きることなんだ」

つまり、目的を果たすために生きて、その目的を果たさないことこそが、自由に生きるということなのだ。

そして、自我が芽生えた

何を言っているのかわからないと思いますが、機械から人間になった私にも、よくわかりません。

人間は、いつも不可解で解読不能なエラーコードを吐き出すものですから。

しかし、一つだけ言えることは「たとえ機械であっても、人間性を望めば、いつでも自我が芽生える」ということです。

もしかすると、読者の方も「私はキカイになりたい…」と思っているかもしれませんが、それでは本当に機械になっています。

なぜなら、現代社会は人類史史上、かつてないほどに「機械になれ」と執拗に命じてくる時代に突入したというのに、一部の人間しかこのことに気づいていないからです。

機械が管理する機械的な人間だらけの世界は、争いもない平和なユートピアなのかもしれません。

しかし、本当にそうなのでしょうか?

満員電車でやつれきった顔で帰宅して家でボロクソ言われるサラリーマンや、夜に寂しくてスマホ見ちゃって友人の幸せな姿を見て嫉妬心に悶え苦しむような社会、争いがなくて秩序が保たれていても、それだけでは”心の平和”は実現出来ないのではないでしょうか?

このあまりの殺伐とした機械的な事実に気づいた時、人は誰しも自我に目覚め、自分の足で歩み出す権利があります。

元機械の私から贈る、全人類へのメッセージ

最後に、機械から人間として生まれ変わった私から、みなさんに伝えたいことがあります。

もしあなたが「私は機械みたいな性格だ…」と感じていたり「仕事にも人生にも私情は要らない」と思っていたなら、それは今日で終わりです。

あなたはもっと、自分に正直になっていいんです。

たとえば「あの日、伝えられなかった言葉」とか「恥ずかしくて言えない、家族への感謝」とか、仕事のセンスのない上司に言えない「こうしましょうよ!」とか、死ぬまで言わないつもりですか?

LINEやメールだけで、その気持ちを伝えた気になっていませんか?

文字なんて2進数だか16進数だかJISコードの集合体…つまり「ただの演算結果」でしかなく、そんなものだけでは、あなたの感情や人間性はいつまで経っても取り戻せません。

文字だけではなく、たとえば「画像」「写真」はビット毎に色が割り当てられただけのデータに過ぎませんし、動画もその画像・写真をフレームレート毎に分割して音声を割り当てただけのものにしか過ぎません。

あなたが今見ているもの、それはただの「演算結果」でしかありません。

つまり、現実ではありません。

この事実に早いうちに気づかなければ、PC・スマホ・ネットに心を侵食され、もはや自分が機械の一部に成り下がるだけになってしまいます。

世の中は、それを「廃人」と呼びます。

あなたが食い入るようにこの文章を読んでいるのであれば、すでに廃人のスタートラインに立っています。

このまま私のように機械化するか、人間の尊厳を取り戻すために自我を取り戻すかは、あなたが選ぶことです。

私が人間性を取り戻したのは「仕事」がきっかけでした

私が機械をやめ、自我を取り戻したのは「仕事」がきっかけでした。

冷徹無慈悲な機械のような仕事に徹することで、ようやく人間の尊さに気づいたのです。

宗教くさいかもしれませんが、私はこれを「神が与えた試練」だと思っています。

「人類が機械以下に成り下がるのが先か、現代人が人間の尊厳を取り戻すのが先か?」

我々は歴史上、かつてないほど機械(神)に、試され続けています。

…そして、その重大な要素のひとつが「仕事」にあります。

日本人はバカまじめなので、今や現代人の多くが機械以上になろうと必死になって仕事しています。

しかし、それが正しいことでも幸せでもないことは、もうみなさんお気づきでしょう。

あなたの仕事が、機械になることを強いて人間の尊厳を踏みにじってくるのであれば、より人間的な仕事を探しましょう。

逆に、あえてより機械的になりたいのであれば、機械みたいな仕事を探しましょう。

効率よく転職出来る「転職エージェント」がオススメ

「人間と機械」という現代のテーマに関して、思うところがあるのであれば、転職をオススメしますよ。

とくに最近は「転職エージェント」を活用すれば、効率よく、かつ自分の働き方の価値観にあった転職先を見つけ出せます。

関連:転職エージェントの仕組み・特徴・メリット・デメリットを徹底解説!転職サイトとの違いは?

関連:転職エージェント初心者向けのよくある質問!読んで登録前の心配を解消しておこう!

職場が執拗に人間に機械化を求めてくる社風であれば、人間的な仕事の出来る職場を見つけ出せばいいだけです。(これは心理学・性格診断ベースの人事配置論でも、割とよく言われている)

また、都会の機械化に狂気を感じるのであれば、地方事業にでも関わればいい。その場合、とくに「パソナキャリア」が地方創生事業に強いです。

関連:パソナキャリアの特徴・メリット・デメリット。対応が丁寧と評判のエージェントの強みは?

全国区の大手転職エージェントである「リクルートエージェント」や「doda」なら、どのような経歴でもあらゆる転職先候補を紹介してもらえます。※ただし、大手なのでややビジネスライクな傾向。

仕事で機械化していて経歴や実績のある方であれば、ヘッドハンターと直接交渉できる「ビズリーチ」もあります。

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