世間的に評価されない、卑しいお仕事一覧。「誰もが嫌がる、やりたくない仕事」の実態に迫る!

「職業に貴賎なし」とは言いますが、そんなものは大ウソだと大人になればわかります。

口では「立派なお仕事」などと他人を褒めながらも、現実問題として「そんな仕事、自分はしたくない」と多くの人に言われるのが”卑しい仕事”の正体。

そして、面白いコトに”卑しい仕事”は職種によっては稼げることも、ままあります。

…そりゃあ、誰もがやる前から「そんな仕事したくない!」と差別的に扱うのですから、多少の報いはあって然るべきですから。

ただし、中には「稼げない」どころか、キャリアの箔付けにもならない・技術や経験も身につかないような仕事もチラホラ(=転職という逃げ道が選びにくくなるということ)。

これらの仕事に従事する方は「人の嫌がるコトを率先してやっている」という誇りと共に、大衆から「卑しい仕事」と偏見を持たれていることは、現実問題として認識せざるを得ません。

今や小学生のなりたい仕事で「youtuber」などの華やかな仕事がもてはやされる一方で、世の中には地味で汚い仕事もたくさんあります。

そんな、世間的には敬遠されるものの、確かに「誰かの役に立っている仕事」をご紹介していきましょう。

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卑しい仕事一覧

冒頭にも「職業に貴賎なし」と言いましたが、実情はそうとは言えません。

「誰もやりたくない、卑しい仕事」は人気がなく、誰もが避け、慢性的に人手が不足しています。

これらの仕事は、最近では外国人労働者を雇ったり、機械化するなど、隠れた社会問題だとも言えます。

現実認識として「人に避けられている割に、需要のある仕事」として、しっかり知っておくべきでしょう。

―――そして、あなたが落ちぶれた時、これらの「卑しい仕事」をなり振り構わずに選ばざるを得ないことがあることを自覚するためにも。

食肉加工場(屠殺の現場)

卑しい仕事の代表格と言えば「食肉加工場(屠殺の現場)」でしょう。

もっとド直球に言えば「牛や豚を殺して、精肉にする作業」のことですね。

最近ではスタンガン利用で屠殺して従業員の罪悪感を和らげるようにはなっているようですが、それでも「見たくもない現場」と向き合わざるを得ないことは多々あるようです。

筆者の友人にも、生々しい屠殺の現場に耐えきれずにすぐに辞めてしまった人がいますが、そのような友人に「仕事は嫌でも3年続けろ!」なんて言うことが出来る人間がいたら、それは共感能力に乏しいか、想像力が足りないかのどちらかでしょう。

ところが、中には「動物を殺すなんて、卑しい仕事だ!」と、毎日美味しそうに肉を食べている身分で差別的発言をする心無い人間もいるそうです。

「美味しそうに肉を食っている割に、屠殺の現場からは目を背ける」という、現代人の身勝手さを体現した仕事だと言えますね。

別に「人類、みなベジタリアンになれ!」とは言いませんが、自分の暮らしがどれだけの犠牲と苦悩の上に成り立っているからは、常日頃から意識しておくべきでしょう。

一部の人間が生々しい屠殺を請け負うことで、殺生や血の臭いとは無縁なオシャレなレストランで美味しい肉を堪能出来るのが、現代社会の仕組みなのですから。

動物愛護センター(という名のペット処分場)

卑しい…というよりも「人間のエゴ」を体現している仕事が「動物愛護センター(という名のペット処分場)」でしょう。

動物愛護センターの主な業務内容は「身寄りのないペット(多くは犬・猫)などを、所定の手続きに従って殺処分する仕事」です。

動物愛護センターで働くひとは「公務員」に分類されるのですが、日頃「税金泥棒!」などと揶揄されている公務員ですら、こんな汚い仕事を請け負うリスクがある点で、我々は認識を改めるべきでしょう。

「ガス質で安楽死させるだけの、簡単なお仕事なんでしょ?」

そう思う方もいるでしょうが、それは違います。

死期を悟って物悲しそうに瞳をうるませる犬や猫を(それもペットの場合は人に慣れているため、愛らしい)、容赦なくガス室にぶち込み、その生命を終わらせ続ける仕事の罪悪感に、あなたは耐えられるでしょうか?

しかも、最悪なことに食肉加工場と違い、動物愛護センターでは「育てる余裕がないから」「人に迷惑をかけるから」など、何の生産性も正当性もない理由で殺処分されることになります。

その「育てる余裕がないから」だの「人に迷惑をかけるから」だのの理由で命を奪っていいのであれば、世の中の大半の人間は殺されてもいいヤツばっかりだということになります(仕事中に余計なコトで話しかけてくる上司とか、公共の場で怒鳴り散らすクソジジイとか)。

「こんな仕事、一体何の意味がある?誰の役に立っている?」

この疑問に向き合ってなお、絶対に答えの出ない仕事の代表格が、この「動物愛護センター(という名のペット処分場)」のお仕事だと言えるでしょう。

「”ルールに基づいて所定の作業を行っている”っていう点では、他の仕事と大して変わりないんじゃない?」

マニュアル通りに仕事をこなすことが、必ずしも「正解」や「善」とは言えない事実を、誰もが認めたがりません。

…が、その結果が歴史上「戦争」「人殺し」につながった事実をもっと思い返すべきでしょう。

そして、現に同じようなことが今でも行われ続けている事実にも。

清掃(汚物処理)

ポピュラーな部類ですが、ある意味で卑しい仕事(=他人が避けたがる仕事)が清掃員、とくにふん尿などの汚物処理に関わる仕事と言えるでしょう。

とくに壮絶なのが、バキュームカーでの仕事(ふん尿回収業者)。

くそみそまみれで仕事を行い、体中にクソの臭いが染みつく「誰もが避けたがる仕事」の代表格だと言えるでしょう。

しかしながら、そのような「汚い思い」をする人がいるからこそ、我々は「清潔感のあるビジネスパーソン」とやらを演じていられるのです。

本来、毎日トイレでうんこ気張ってる奴に清潔もクソもないのですが、なぜか社会は「アイドルは絶対にうんこしない!」と言うノリで社会人にも清潔感を要求してきますからね。

ホワイトカラーの連中が毎日「キレイな自分」を気取って演じていられるのも、裏で汚い仕事を請け負っている人がいるおかげです。

このような「臭いものに蓋をする」という考えで、意図的に差別階級的な仕事を社会に作り出すことは、江戸時代の「えたひにん(動物の死骸に関する仕事が主)」から「スカベンジャー(廃品回収業者)」などの存在からも、うかがえます。

そもそも、社会=人間生活からゴミや汚物が出るのは当たり前なのですが、その”汚さ”すら日常から遠ざけることが現代では許されているのですから、つくづく多くの人が「汚いものは視界にすら入れたくない」と考えていると思い知らされることでしょう。

工場(ルーチンワーク)

昔は日本人の仕事の代表格でもあった工場の仕事ですが、今や不人気な仕事と成り果てています。

その原因は、人間性とは真逆の位置にある「単純作業(ルーチンワーク)」のせいでしょう。

…もちろん、これはあくまで「イメージ」ですので、そうじゃない現場もありますが、逆に言えば「人間性なんて微塵も必要とされない、機械になることを強要されるルーチンワーク」みたいな仕事も確かに存在するということです。

とくに、食品に関する工場仕事は「扱っている食べ物を食べたくなくなる」ぐらいに不快な現場を目の当たりにすることも多く、悲壮感あふれる体験談がネット上や書籍にもごまんとあふれています。

ただし、世間体で言えば必ずしも「卑しい」とまでは言えませんし、人によっては「考えずに済む」「余計な人付き合いが要らないので気が楽」など、他の仕事と比べるとだいぶマシな類でしょう。

接客業(小売・飲食)

「お客様は神様」という名の奴隷精神のせいで、卑しい仕事になってしまっているのが「接客業(とくに小売・飲食などの大手チェーン)」でしょう。

その証拠に、一般的な正社員に「最低賃金でコンビニバイトしてみたい?」と聞いても、多くの人が「NO」と答えることは、想像に難くありません。

なんと言っても、接客業が差別階級的に扱れているのがわかるのが「クレームの理不尽さ」。

一銭も払わないクソ客相手にもペコペコ頭を下げるだけならまだしも、土下座から自宅呼び出しまで対応しないといけないケースまである…という、かなりイヤ~なお仕事ですから。

しかも、一般的な取引先との関係と違って、クソ理不尽なクレームを懸命に解消したところで、大して仕事の評価や今後の利益にもつながらないため、達成感もクソもありません。

あくどい言い方をすれば「接客業は社会的底辺にも、ペコペコ頭を下げないといけない」という理不尽さが、かなり堪えます。

接客業を経験すればわかりますが、なぜか「底辺層(超絶頭が悪い、1円の支払いですら”神”になれると勘違いしている人)」ほど、理不尽なクレームをつけてきます。

上司や取引先を選べない一般職の理不尽さとは、また違った理不尽さが味わえる、現代社会の底辺職のひとつこそ「接客業」だと言えるでしょう。

ポルノ産業・風俗

卑しい仕事の代表格と言えば「ポルノ産業」でしょう。

仮にあなたがエロ・アダルトに関わる仕事をしていたとして、堂々と他人に言えるでしょうか?

…言えませんよね。

そして面白いことに、ポルノ産業は卑しい割には多くの人が(少なからず男性の多くは)お世話になっている仕事です。

「AV女優や風俗嬢は卑しいヤツだ!」なんて表では言いながらも、喜んでスマホでえっちな動画を見ているのが、人間の本性です(とくに男)。

「嫌ってる割には、体は正直だなァ?」

愛で幸せがどうのこうの現代社会において、家庭では「頼れるパパ」を演じている旦那がコッソリ風俗に言ったりAVを見ていることからして、いかに社会人が「キレイな自分を演じている」かが、わかりますね。

「世間からもっとも敬遠される」という意味では、ポルノ産業ほど他に勝るものはありません。

…仮にポルノ産業が「社会の役に立っている」と表立って言われる仕事であれば、風俗嬢が源氏名を使うことなどなく、AV女優がAKB48よりも目立つ社会になって然るべきですから。

自衛隊・警官

意外に思われるかもしれませんが、自衛官や警官も「卑しい仕事」と言ってもいいでしょう(いつの時代も身勝手な国民の世話をする公務員全般に言えることだが…)。

とくに自衛官・警官の場合は、別格です。

「国の有事の際、真っ先に命を張る立場」になるからです。

しかも場合によっては仕事自体が機密扱いされ、死んだことさえ「なかったこと」になる可能性すらあります。

また、本来守るべき対象である国民から、蔑まれたり、あるいは恨まれるのも、自衛官や警官が「卑しい」と思われる諸理由でしょう。

少なからず「安定するから」だとか「女にモテるから」だとか、そーいう生半可な覚悟で就くべき仕事ではないでしょう。

逆に言えば、これらの仕事の内情は「人間の難しさ」や「人間の醜い面」と背中合わせだからこそ「国民の役に立てる誇らしい仕事」だとか「安定した仕事」みたいにもてはやしておかないといけない面もあると言えます。

弁護士(あるいは検察・裁判官)

これは個人の解釈にもよるでしょうが、私は立法に関わる仕事(弁護士、検察、裁判官など)も「卑しい仕事」だと位置づけています(そもそも「卑しい仕事」という差別意識などは、すべて個人の偏見なのだが…)。

本来、人間の行動に「正義か悪」という判決を下すのは、傲慢にも程があるのだから。

「お前は、神にでもなったつもりか?」

しかし、誰かが判断を下さなければ、秩序は保たれません。

この仕事も広義で言えば「他人の命を奪う仕事(あるいは他人の人生を大きく変えてしまう仕事)」だと言えるでしょう。

あるいは、残虐非道で情状酌量の余地もない犯罪者であっても、弁護士はその犯罪者を必死に勝たせるように勤めなければいけません(これは国民感情からすれば”悪”という位置づけだ)。

その責務の重さや、要求される知識量や判断力からすれば、高級取りであって然るべき仕事です。

(ちなみに余談だが、筆者は選挙時の「最高裁国民審査」にて全員に「×」をつけている。これは神の代弁者=裁判官の情報開示があまりに少な過ぎることへの警鐘である)

頭ごなしに「弁護士は高級取りだからすごい!」なんていうミーハーな認識で目指すべきor付き合うべき仕事ではない…ということを肝に命じておくべきでしょう。

しかし、私は「卑しい仕事」が大好きだ

しかしながら、私は今回挙げたような「卑しい仕事」が大好きですし(絶対に就きたくない仕事もあるが…)、彼・彼女らの仕事の上に我々の生活が成り立っている事実には感謝しかありません。

なぜ、これらの仕事が好きか?

泥臭いまでの生活臭や、人間の隠れた欲望が見える、仕事だから。

逆に言えば、ホワイトカラーの仕事は「人間臭さ」や「泥臭さ」「人間本来の汚さ」から遠ざかりすぎて、気取ってるようでムカつくということ。

「毎日、都内の一等地のオフィスで悠々とお仕事」なんて働き方よりも、現場の生々しさや泥臭さの方が、よっぽど「人間味」を感じさせるじゃないか。

それを「あいつらは頭が悪いから、ああいう仕事しかない」などと扱うのは、あまりに傲慢過ぎるし、社会から目を背けすぎているのではないでしょうか(むしろ「卑しい仕事」に流れ着いてしまった人の人生にこそ、現代社会の絶対的な真実が隠れ潜んでいる)。

…まあ、昔から「現場とデスクワーカーの認識の差はどうしようもない」というのが相場と決まっていますが、現代ほど「臭いものにフタを」な世の中もないでしょう。

ネットでは「キレイなモノ」ばかりがもてはやされ(とくにFacebookやインスタ)、テレビでも「華やかな仕事」ばかりが取り上げられますからね。

そして、それを見た人々が「自分も!」と、キレイな仕事(あるいは商品やサービス)ばかりをより好みする。

何より、おめでたいのが「ホワイトカラー職になれば、自分は汚いものは見なくていい」と思い込んでいる連中があまりに多いこと。

…逆だ。

人間が持つ汚さや卑しさを認めなければ、仕事の「汚さ」や「悪」を受け入れることがいつまで経っても出来ない。

これが出来ない結果、日本の教育委員会は頭お花畑な理想論ばかりを子供に吹き込み、社会に出て大人の「汚さ」に耐えられずに挫折することになるんです。

大なり小なり、仕事をする以上は「手を汚さざるを得ない状況」は必ずあります。

もし、そのような場面に出くわしたことがないなら、それは単にあなたが「運が良かった・恵まれている=誰かが代わりに手を汚している」だけ。

「仕事に下賤もないが、あなたの心には差別意識は潜んでいる」

今回紹介したような仕事を「自分よりも汚くて給料も安い仕事をしている人がいる」と勝ち誇るのも自由だし、あるいは「自分は恵まれているんだなあ…」と頑張る理由にしてもいい(それもまた「差別」のひとつだが…)。

あるいは、卑しい仕事の現場の苦労を想像して、新たな仕事のアイデアにすることも出来るかもしれません(何度も言うが、特権意識にまみれたホワイトカラーは現場の”汚い思い”を忘れてはいけない)。

参考文献

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