周りが無能に見える瞬間とは?親や教師、先輩や上司がバカに見えてしまう人の心理

─周りが無能─

そう感じてしまう瞬間は多くの人があることでしょう。
しかし、仕事をして生きていく為には会社に依存しなければならない。

必要な情報を与えられない。
不必要な要求ばかりが多い。

そんな環境化でも…

これは仕事に限ったことに限りません。
現代の若者は正解を求め、無駄を嫌う合理主義思考の人達が増えています。

そんな合理主義思考の人達が増えてる中で、ネットによる考え方の解答例が溢れかえる中で、時代錯誤した考えの人達は即座に無能の烙印を押されます。

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親がバカに感じてしまう瞬間

子供のときにこう言われたことはないでしょうか?
「大人になれば分かる」「すぐお金お金って言っちゃって…」「いつも〇〇ばっかりして」「いい加減静かにしないと家から追い出す」「とにかくいわれたことはやりなさい」などなど

こういった頭の悪い言葉を吐き続ける親はいずれバカと認定されます。

親というのは一番距離が近しい人間であり、子供の頃ならば絶対ともいえる情報源です。
依存対象でもある為、なんとなく思いつきで小馬鹿にするような発言なんかをしても普通に考えればそうそうバカと感じてしまうことはありません。
「親だから」
そうバイアスがかかるからです。

しかし、バイアスを築きあげることすらできないケースがあります。
それが理解をしない、言い換えれば信頼を得られないことです。

疑問に、嫌悪感に、不満に、差に、不安に、願望に…
こうして理解をされないという意識が募れば「親だから」というバイアスもかかりません。

さらに自分の不満を正当化させる為、無意識に他から入る外部情報を元にバカにするようになります。そのときはまだ不満の正当化させる手段でしかなく本心でバカにしてるわけではありません。

しかし、頭の良い教育論、頭の悪い教育論などに触れたらどうか?
見出しにおける親がバカに見える瞬間といえばまさにこの時です。

段階としては
①不満を抱く環境
②不満が解消されない環境
③外部情報を用いた抵抗
④無能への理解をする
⑤親は結局変わらないので無能という認識を増幅させ続ける

 

④の段階で無能と認定してしまうわけですが、根本の原因は①と②になります。

なので、その後から無能と感じられる原因になる親の発言、行動とそれに対する理由を紹介します。

「ウチはウチ よそはよそ」
便利な言葉ですが、これを言ってしまえば他のことで他の子供達と比較してアクションを起こさせようとしたときにカウンターを食らいます。

「誰のおかげで食わせてもらえてると思ってるんだ/家から追い出すぞ」
逆らえない立場であることを利用したパワハラです。

「大人になれば分かる」
同じく便利な言葉です。
まともに理解してない癖に経験でマウントを取ってるだけのバカ発言の典型です。

「すぐお金お金って言っちゃって」
この言葉だけだとどういうシチュエーションが分かりづらいですが、善意の、貢献意欲があることを標準に考えてしまうバカ親のセリフです。
一見無償の愛に見える行為も返ってくるという理解の及ばないうちから、そこら辺を納得させる教育もできないまま家の手伝いなどを積極的にしてもらおうとすればバカにされます。

「教えてやるから自分でやれ」
教えてもらうのは普通にありがたいと考えます。
しかし、その代償が「今後は自分でやれ」となれば義務を増やされてしまいます。
その義務を増やされない為の防衛策として教えられることすら拒否をする。
本当は知りたかったとしても…

「いいからやりなさい」
やる理由を答えられないバカ

 

と、このような受け取られ方が成されます。

人間誰しも都合のいいように情報を受け取り求めます。
だからこそ逆に都合のいいように言葉を使われ、
・欲しいモノが手に入らない
・努力を強要させられる
・制約をかけられる

となれば反発を覚えるものです。

親や教師がバカだったせいで周り全てがバカに見えるようになる

親や教師がバカだった結果、何らかの頭の良い情報に触れたときそれを基盤に考えるようになります。

その後色々な価値観に触れていき、一つの頭の良い情報だけに捉われず客観的に物事を見れる本当に頭の良い人になっていきます。

しかし、そうなったきっかけが他ならぬバカ。
ましてやそれが親や、影響力の大きかった教師ならばどうか?

頭の悪い教育には敏感です。
しかも大抵頭の悪い親/教師と見做されるのは「普通の人」です。

他にも似たような人が大勢います。

その結果、自分自身が何の成果も出せてない無能でしかなくともそういう普通の人々を見て周囲の大半が無能と倒錯してしまうことだってあります。

新入社員という立場が特に無能な親や教師を彷彿させてしまう環境です。
その原因を幾つか箇条書きでまとめると
・教育者が明らかに世代意識ズレしている
・新入社員=社会を始めて知る相手なら、精神論の押し付けにも順応すると自分の経験を元に勘違いしてる
・「社会は厳しいもんだ」を武器にお上が絶対正しいという前提意識を持ってくる
・仕事辞めたら生活や家庭での立場が厳しくなる

などなど、自分の新入社員時代の経験が仇となり時代錯誤した教育をしてしまうことです。

無知に、金銭的、社会的不安につけこんだ隷属化を無意識にやる人が多いからです。

当然こうした対応を取れば無能上司と認定されます。

学校の教師は仮にも資格を持ったプロです。
しかし、職場の教育者なんてのは仕事の経験がちょっと長いだけの凡人です。

親がバカゆえに教育に対する厳しい目を持ってしまった人は、職場の教育者に対する視線はかなり厳しく見てしまいます。

通常初期好感度が50/100くらいだとすれば、こうした環境で育ってきた人達は10/100くらいです。
当然、好感度50くらいなら通用する先輩バイアスを用いた教育も通じません

よく「中途は使いにくい」と言われますが、中途は他でやってきた経験や、他所での人間不信化によって先輩バイアスが通じにくくなっているからです。
言い換えれば教育能力が求められてしまうのです。

合理主義思考と同調圧力の摩擦

記事の最初にも書きましたが現代社会若い世代ほど「正解」を求め、無駄を嫌います。

例えば
会社の飲み会を「悪」
タバコ休憩を「不公平」
コネ入社を「ずるい」

これらは言い換えれば
自分の時間の為の仕事なのだから金にならない飲み会は「無駄」
タバコ吸わないことを理由に「無駄」に忙しい場面を作られ損している
正規ルートで入社した苦労が「無駄」に思えてくる

 

これらの問題で他人を無能と判断する場面はどんなときか?

率直にいえば無駄の強制をされたときです。
飲み会や残業など法的に強制力のないものを流れで全員参加、全員行うものを前提に会話を、流れを作ってしまう。

残業は決して損ばかりではありませんが、自分の時間を大切にするのが主流となった若い世代には望まれないことが多いです。

無駄を求めるよくある発言といえば
「やることないならとりあえず掃除しておけ、時給〇〇円もらってるんだから」
「30分前にはきておくもんでしょ」
「挨拶はきちんとしろって言ったよね」
「仕事終わったのね、じゃあ次これね」

こんな状況です。
一番下は仕事が終わったら次の仕事を出されてしまうというものです。

掃除の時間はあるのにわざわざ掃除させる理由などない。
金を得る目的だけを軸に考えた時に30分前にきてその分給料が出るのかといえば出ません。
挨拶が出来なければ信頼は損なわれますが声が小さいなどを理由に説教することに何のメリットがあるのか?
きつい仕事を出されるならだらだら楽な仕事を無駄に時間かけてやってたほうがいいじゃん。

 

といった認識になってしまうのです。

規律意識による無駄、貢献意識による無駄
「1」の親がバカに見える瞬間でも書きましたが、貢献意欲を標準的に持ち合わせてることを前提とした要求がそもそも無能の証なのです。

「とりあえず時間内は仕事を自ら増やす」
「エアコン費ケチる」
「台風だろうが雪だろうが給与は同じ」
「早出、残業したら休みが増えるわけでもなし」

上二つはただの無能です。
無駄な貢献意欲に、我慢できる範囲ならできるだけ我慢させてケチる。
環境が悪かろうととりあえず仕事しろというスタンス。
下二つはむしろ対応できてれば有能というべきかもしれません。

天候悪いときは「仕事にいけない」というより「行きたくない」という感情論が入り混じることを考えなければなりません。

そんな状況下で同じ給料なら「この日は仮病でさぼるか」ともなります。

早出や残業が多ければ
「今月合計もう8時間は残業があったからどっか適当に仮病で休み取るか。8時間残業してるんならさぼる1日の給与分は既に獲得してるんだし」

という意識も芽生えます。

 

ここまで「無駄」「強制」を軸に書きましたが、もう一つ大きな無能の型があります。
それは個人個人の無能ではなく、グループが、雰囲気が無能と感じてしまう瞬間です。

基本的に上記に書き連ねてきたことと同じなのですが、
「どいつもこいつもバカばっか」
「くだらないことばっかりやってる」
「バカの相手が疲れる」

と、天狗になってしまったかのような心理状態に陥ることがあります。

 

それが同調圧力です。

「みんながやってるんだから」
「あなたが休んだらみんな苦労するんだから」
「みんなで力を合わせてこの仕事を終わらせましょう」
「みんな大変でもやってるんだから」
「一人だけ仕事終わったからって休んでたら士気下がるでしょ」

 

一人一人とフリーで話せば全然バカじゃないじゃんと感じるかもしれません。

ですが「仕事だから」の一言が感情を押し殺しみんなで我慢しているのです。

 

「私はお金の為に働いてる」
この意識をはっきり持っていれば

「私はお金が欲しい」
「企業は利益を上げたい」
この二つの利害関係だけを考えるようになります。

現場の士気がその為に必要なこともありますが、みんなで我慢することが士気の維持に繋がるのか?
早く終わったら給料そのままで帰りが早くなる。
「我慢」で抑えるのではなく、「欲」で釣るほうがよっぽど効果的だ。

こう考えれば
「雰囲気の為に無駄な仕事をさせられてる」
「そんな雰囲気を大事にしてる連中もバカ」
「仲良しごっこをさせられて周りが幼稚に見える」
…といった感じでどんどん周囲への印象が下がるのです。

仕事コラム
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